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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第五章 名前のない関係
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第七十話 今日から、恋人

潮風が、僕らの間を優しく吹き抜けていく。

どれくらいの時間、そうしていただろうか。

僕の腕の中で、優愛の肩がほんの少しだけ震えているのに気づき、僕は慌てて体を離した。


「ご、ごめん……!」

「ううん」

顔を上げた彼女は、まだ瞳に涙を浮かべていたけれど、その顔は、僕が今まで見た中で、一番、幸せそうに輝いていた。


「……なんで、溢喜まで泣いてるの」

「え……?」


優愛に言われて、僕はそっと自分の頬に触れた。

濡れていた。

いつの間にか、僕も泣いていたらしい。

恥ずかしさと、嬉しさと、安堵と、色々な感情がごちゃ混ぜになって、もう訳が分からなかった。


僕のそんな顔を見て、優愛は「ふふっ」と、また涙をこぼしながら、楽しそうに笑った。

僕らは、どちらからともなく、もう一度、そっと手を繋いだ。

さっきまでの、衝動的なものではない。

これからは、ずっとこうしていくのだという、確かで、温かい約束のような手の繋がり方だった。


帰り道の電車の中。

僕らは、来た時と同じ窓際の席に、並んで座っていた。

でも、その空気は、もう全く違う。

優愛は、今度は眠っているわけではなく、自ら、僕の肩にこてん、と頭を預けてきた。


「……」

肩にかかる、愛おしい重み。

僕は、もう固まったりはしなかった。

ただ、心臓が温かいもので満たされていくのを感じながら、そっと、自分の頭を、彼女の頭の上に優しく重ねた。


「……なんか、変な感じ」

優愛が、くすくすと笑いながら呟いた。

「何が?」

「いつもと同じなのに、全部、違うみたい」

「……僕も、そう思う」


繋いだ手の指を、そっと絡め合う。

もう、言葉は必要なかった。

ただ、隣にいる。

その事実だけで、僕らの心は満たされていた。


家の近くの、いつもの角。

いつもなら、ここで足を止めるはずの場所。

でも、今日、僕らはどちらも、足を止めなかった。

そのまま、無言で、僕らの家が並ぶ道へと入っていく。


「じゃあ、また明日、学校で」

「うん。……おやすみ、溢喜」

「……おやすみ、優愛」


恋人として、初めて呼ぶ、名前。

恋人としての、初めて交わす、挨拶。

その一つ一つが、僕らの新しい物語の、大切な最初のページになっていく。


部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

天井を見上げながら、僕は繋いでいた右手を、ぎゅっと握りしめた。

まだ、彼女の温もりが残っている。

その温もりを確かめるように、何度も、何度も。


ピコン、とスマホが短く鳴った。

画面に表示されたのは、優愛からのメッセージだった。


『今日は、本当にありがとう。世界で一番、幸せな一日だったよ』


その言葉に、僕の心は、どうしようもないくらいの幸福感で、弾けそうだった。

僕は、ただ一言だけ、返信を打った。


『僕もだよ』


面倒見のいい幼馴染は、今日から、僕の彼女になった。

僕らの新しい時間は、今、確かに始まったばかりだった。

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