第六十八話 思い出の味、そして約束の場所へ
丘の上の公園を後にして、僕たちが次に向かったのは、町の中心から少しだけ外れた場所にある、昔ながらの商店街だった。
「わ、懐かしい……!」
アーケードの下を歩きながら、優愛が声を弾ませる。
シャッターが下りている店も多いけれど、八百屋さんの威勢のいい声や、お肉屋さんから漂ってくるコロッケの匂いは、子供の頃と少しも変わっていなかった。
「なんで、ここに?」
「ほら、あそこ」
僕が指差したのは、商店街のちょうど真ん中あたりにある、小さな駄菓子屋だった。
色褪せた看板に、ガラスの瓶に入れられた色とりどりの飴玉。
「覚えてるか? 小学校の帰り道、100円玉を握りしめて、どっちが多くお菓子を買えるか、よく競争しただろ」
「覚えてる! 溢喜、いっつも計算間違えて、レジの前で慌ててたよね」
「うるさいな。……優愛は、いつも当たり付きのガム、一発で当ててたよな」
「ふふっ、私、昔からくじ運だけはいいんだ」
言い合いながら、笑い合う。
遠い昔の、色褪せていたはずの記憶が、二人で話すうちに、鮮やかな色を取り戻していく。
僕らは、子供の頃に戻ったみたいに、店の中でお菓子を選んだ。
僕は、昔好きだったラムネ味の棒付きキャンディーを。
優愛は、今も好きなんだ、と言って、当たり付きのコーラ味のガムを。
店の前のベンチに並んで座り、買いたてのお菓子を食べる。
キャンディーの、少しだけ人工的な甘さ。
ガムの、口の中に広がる炭酸の刺激。
それは、あの頃と全く同じ味だった。
「……変わらないね、ここの味」
「ああ、そうだな」
変わらないものと、変わってしまったもの。
僕らの背は伸びて、制服を着て、抱える悩みも大きくなった。
でも、隣に座って笑い合う、この空気だけは、あの頃から少しも変わっていない。
「……ねえ、溢喜」
優愛が、口の中のガムをころがしながら、少しだけ真剣な顔で言った。
「今日の、この時間……。溢喜が、私のために、一生懸命考えてくれたんだなって思うと、すごく、嬉しい」
「……別に、大したことじゃないだろ」
「ううん、大したことだよ。だって、私の忘れてた思い出まで、溢喜が思い出させてくれたんだもん」
その言葉に、胸が温かくなる。
そうだ。
僕がしたかったのは、こういうことだ。
僕らが商店街を後にする頃には、太陽が空の真上まで昇っていた。
「お腹、すかないか?」
僕が言うと、優愛は「うん、すいた!」と元気よく頷いた。
「じゃあ、昼飯、行こうぜ」
「どこに行くの?」
「それは……着いてからの、お楽しみ」
僕らは、商店街の最寄り駅から、電車に乗り込んだ。
ガタンゴトンと揺れる車内で、優愛が不思議そうに僕の顔を見る。
「どこに向かってるの? だんだん、景色が見慣れない感じになってきたけど……」
「まあ、もうすぐだから」
やがて、電車が海沿いの小さな駅に停まる。
ホームに降り立った瞬間、潮の香りが、ふわりと僕らの鼻をくすぐった。
「……海?」
優愛が、驚いたように目を見開く。
「うん」
僕らは、駅を出て、緩やかな坂道を下っていく。
その先に見えてきたのは、キラキラと太陽の光を反射する、どこまでも広がる青い海だった。
そして、その海に面した、小さなレストラン。
「ここで、ご飯を食べようと思う」
僕がそう言うと、優愛は、海とレストランを交互に見て、そして、何かを思い出したように、はっと息を呑んだ。
「……ここって、もしかして」
そうだ。
ここは、あの修行の日に、はとこ会のみんなで来た海。
そして、僕が、初めて優愛を守りたいと強く思った、あの岩場が見える場所。
僕が計画した、特別な一日。
今日、この場所で。
僕たちの、ただの幼馴染という関係に、終わりを告げるために。




