第六十七話 僕が計画する、特別な一日
「行きたい場所があるんだ。二人で」
僕がそう告げた日から、日曜日までの数日間は、今まで感じたことのない種類の緊張感と、高揚感に包まれていた。
瀧川先輩は言った。
「特別な一日を、お前が完璧に作り上げるんだ」と。
(完璧な一日って、なんだ……?)
昼休み。
いつものように四人で机をくっつけて弁当を広げながらも、僕の頭はそのことでいっぱいだった。
「なあ、溢喜」
希望が、僕にだけ聞こえるような小声で肘をつついてくる。
「例の件、どうすんだ? なんか、心ここにあらずって感じだぞ」
「……うるさいな。今、考えてるんだよ」
僕がそう返すと、向かい側に座る美褒が、心配そうに僕と優愛の顔を交互に見た。
「二人とも、なんかあったの? ゆーちゃんも、さっきからそわそわしてるよ」
美褒の言葉に、僕はちらりと優愛の横顔を盗み見る。
確かに、彼女もどこか落ち着かない様子で、お弁当の卵焼きをつついている。
(……そうだよな。優愛も、意識、してるよな)
僕が「二人で、行きたい場所がある」なんて、今まで言ったことのない、特別な言い方をしたのだから。
彼女も、今度の日曜日が、ただの「お出かけ」ではないことに、気づいているはずだ。
「……別に、なんでもないよ」
優愛が、僕の気持ちを察したように、そう言って曖昧に笑う。
その笑顔を見て、僕は決意を固めた。
不安にさせているだけじゃダメだ。
僕が、最高の形で、この気持ちに応えなきゃ。
その日の放課後。
僕は、帰り道で優愛に言った。
「あのさ、日曜日のことなんだけど」
「うん」
「朝、少し早めに出られないか? 寄りたい場所があるんだ」
「え? うん、いいけど……どこに?」
「それは、当日までのお楽しみ」
僕がそう言って悪戯っぽく笑うと、優愛は驚いたように目を丸くして、そして、少しだけ頬を赤らめた。
「……分かった。楽しみにしてる」
そして、運命の日曜日がやってきた。
僕が優愛を最初に連れてきたのは、僕らが住む街を見下ろせる、小さな丘の上にある公園だった。
「わ……綺麗」
朝の澄んだ光の中で、僕らの住む街が、ミニチュアみたいに広がっている。
遠くには、きらきらと光る海も見えた。
「子供の頃、よく来たんだ。ここで、街を眺めながら、将来何になりたいかとか、考えてた」
僕がそう言うと、隣に立つ優愛が、くすりと小さく笑った。
「え、何がおかしいんだよ」
「ううん。……覚えてないの、溢喜?」
「え?」
「小さい時、ここで一緒に遊んだじゃない。『大人になったら、僕が優愛のヒーローになってやるからな!』って、溢喜が言ったんだよ」
言われてみれば、そんなことを言ったような、言わなかったような……。
全く記憶にない僕を見て、優愛は「もー」と、少しだけ拗ねたように頬を膨らませた。
「私は、ずっと覚えてたのに。あの時の溢喜、すごくかっこよかったんだから」
その言葉に、僕の心臓が、朝の静かな空気の中で、大きく、そして温かく脈打った。
僕が忘れてしまっていた、遠い昔の約束。
それを、彼女はずっと、大切に覚えていてくれたんだ。
僕らは、ベンチに座って、持ってきた水筒の温かいお茶を飲んだ。
「なんで、今日、ここに?」
優愛が、改めて尋ねる。
「んー……。今日の、始まりの場所は、ここがいいなって、なんとなく思ったんだ。僕らが忘れてるかもしれない、小さな思い出も全部、ちゃんと優愛と一緒に確かめてから、始めたかった」
僕の言葉に、優愛は驚いたように目を丸くして、そして、今日一番の、花が咲くような笑顔を見せてくれた。
「……うん。嬉しい」
僕が立てた、完璧とは言えないかもしれないけど、僕が考え得る、最高のプラン。
それは、お洒落な店を巡るようなものではない。
僕と優愛が、これまで一緒に過ごしてきた時間を、もう一度、二人で確かめるように巡っていく。
そんな一日だった。
そして、その道のりが、あの特別な海へと繋がっていることを、優愛はまだ、知らない。




