第六十六話 告白のための、序章
僕の、どうしようもない悩み。
それを聞いた瀧川先輩と森園先輩は、どちらも真剣な顔で、でも、どこか懐かしむような優しい目で、僕の話に耳を傾けてくれた。
僕が全てを話し終えると、瀧川先輩は「なるほどな」と一度頷き、隣に座る森園先輩と、ふと視線を交わした。
その一瞬のアイコンタクトに、僕には分からない、でも確かな二人の絆のようなものが見えた気がした。
「……気持ちは、すごく分かるよ」
先に口を開いたのは、森園先輩だった。
「大切だからこそ、壊したくない。今のままでも十分幸せだから、一歩踏み出すのが怖い。……そうだよね?」
「……はい」
僕の心を、そのまま言葉にしてくれたような的確な言葉に、僕はこくりと頷くことしかできなかった。
「でもね、青空くん」
彼女は、続ける。
「青空くんが『今の関係が愛おしい』って思っているのと同じくらい、もしかしたら、海波さんも『早く次の関係に進みたい』って、思ってるかもしれないよ」
「え……」
「希望くんも言ってたんでしょ?『待たせてるのと同じだ』って。今のままでいるっていうのは、優しくて、安全な選択に見えるかもしれないけど、相手にとっては、すごく残酷なことでもあるんだよ」
その言葉は、希望に言われた時よりも、すとんと僕の胸の奥に落ちてきた。
そうだ。
僕が自分の恐怖から目を背けている間、優愛はずっと、不安な気持ちで待ってくれているのかもしれない。
「じゃあ、僕は、どうすれば……」
僕がそう尋ねると、今度は瀧川先輩が、僕の肩をぽんと叩いた。
「焦って、いきなりラスボスに挑む必要はねえよ」
「ラスボス……?」
「ああ。『好きだ、付き合ってくれ』っていう、最後の告白のことだ。お前が今一番怖いのは、それを言って砕け散ることだろ?」
「……はい」
「だったら、その前にもう一つ、イベントを挟むんだよ」
瀧川先輩は、ニヤリと笑った。
「今の、ただの『お出かけ』でも、『幼馴染と遊ぶ』でもない。誰がどう見ても、これは『デート』だろ、っていう、特別な一日を、お前が完璧に作り上げるんだ」
特別な、一日。
「その特別な一日を、彼女が心の底から楽しんでくれたなら。その日の最後に、お前を見てくれる彼女の目が、今までと全く違う、特別な色をしていたなら。……その時が、お前がラスボスに挑む、最高のタイミングだ」
その言葉に、僕の頭の中で、バラバラだったパズルのピースが、カチリとはまる音がした。
そうだ。
いきなり告白するんじゃない。
まず、僕の気持ちが「ただの幼馴染」ではないことを、その一日の全てをかけて、彼女に伝えるんだ。
「どんな場所がいいですか?」
僕が尋ねると、瀧川先輩は「そんなの、お前が一番よく知ってるだろ」と笑った。
「彼女にとって、そして、お前にとっても、一番、特別な場所だよ」
特別な、場所。
僕の脳裏に、一つの光景が鮮やかに浮かんだ。
激しい水しぶきと、僕が支えた彼女の体の柔らかさ。
僕の手をそっと握り返してくれた、彼女の手の温かさ。
修行の始まりの場所であり、僕らがただの幼馴染から、確かに男女なのだと意識した、あの海。
「……ありがとうございます、先輩」
僕が顔を上げると、もうそこには、ただ怯えているだけの僕はいなかった。
やるべきことが、はっきりと見えていた。
「なんか、いい顔になったな」
瀧川先輩が、満足そうに言う。
「困ったら、またいつでも声かけろよ。な、杏奈」
「うん。応援してるからね、青空くん」
森園先輩が、優しく微笑んでくれた。
その日の放課後。
僕は、帰り道で優愛に言った。
「なあ、優愛。今度の日曜日、空いてるか?」
「え? うん、空いてるけど……」
「行きたい場所があるんだ。二人で」
僕の、いつもより少しだけ真剣な声に、優愛は驚いたように目を丸くして、そして、こくりと頷いてくれた。
僕たちの、告白のための序章が、今、始まろうとしていた。




