第六十二話 君と食べるリンゴ飴
繋いだ手から伝わる、優愛の温かさ。
僕の少しだけ汗ばんだ手を、彼女が時々、きゅっと握り返してくれる。そのたびに、僕の心臓が大きく跳ねた。
「……どこか、行きたいところとか、あるか?」
祭りの喧騒に負けないように、僕は少しだけ大きな声で尋ねた。
「んー……」
優愛は、楽しそうに周りを見渡しながら、少しだけ考える。
「あ! あれ、食べたい!」
彼女が指差したのは、中庭で屋台を出している、隣のクラスの出店だった。
甘くて、香ばしい匂いが漂ってくる。
「リンゴ飴……か」
「うん。お祭りに来たら、絶対に食べたくならない?」
子供みたいに目を輝かせる優愛に、僕は思わず笑ってしまった。
「そうだな。じゃあ、買ってくるから、ここで待ってて」
「ううん、私も一緒に行く」
そう言って、優愛は僕の手をぎゅっと握り直した。
その強さが、彼女もこの手を離したくないと思ってくれている証のようで、僕の胸は温かいもので満たされた。
二人で屋台の列に並び、真っ赤に輝くリンゴ飴を二つ買う。
近くのベンチに腰を下ろし、隣り合って、パリッとした飴の食感と、リンゴの甘酸っぱい果汁を味わった。
「……美味しいね」
「ああ、うまいな」
ただ、リンゴ飴を食べているだけ。
特別な会話があるわけじゃない。
でも、今まで食べたどんな高級なデザートよりも、このリンゴ飴は、何倍も、何十倍も美味しく感じられた。
「……あ」
ふと、優愛が小さな声を上げた。
見ると、彼女の口の端に、赤い飴のかけらが小さくついていた。
「……ついてるぞ」
僕は、どうしようもない衝動に駆られて、そっと手を伸ばした。
そして、自分の親指で、彼女の唇の端を、優しく拭う。
「え……っ」
優愛の肩が、びくりと震えた。
触れた指先に伝わる、彼女の唇の柔らかさ。
僕も、自分の大胆な行動に、心臓が爆発しそうだった。
「あ、ご、ごめん……!」
慌てて手を引っ込めようとする僕の手を、今度は優愛が、きゅっと掴んだ。
「……ううん」
顔を真っ赤にして、俯きながらも、彼女は僕の手を離さない。
「……ありがと」
か細い、でも確かに聞こえたその声に、僕はもう、何も言えなかった。
祭りの喧騒も、周りの生徒たちの声も、何も聞こえない。
ただ、繋がれた手の温かさと、甘いリンゴの香りだけが、僕らの世界の全てだった。
「……そろそろ、戻ろっか」
しばらくして、ようやく僕がそう切り出すと、優愛は「うん」と小さく頷いた。
でも、繋いだ手は、どちらも離そうとはしなかった。
僕らの教室に戻ると、希望と美褒が、「お、おかえりー」とニヤニヤしながら僕らを迎えた。
「どうだったんだよ、二人の時間は?」
「希望、野暮なこと聞かないの。……でも、楽しかった?」
美褒の優しい問いに、僕と優愛は、どちらからともなく顔を見合わせ、そして、はにかみながら、同時に頷いた。
その日の涼風祭は、あっという間に終わった。
でも、僕の心の中には、リンゴ飴の甘酸っぱい味と、彼女の唇の柔らかい感触、そして、繋いだ手の温かさが、いつまでも、いつまでも、残り続けていた。




