第六十一話 委員長と副委員長と、涼風祭
涼風祭当日の朝は、学校中がお祭りの熱気に包まれていた。
いつもは静かな昇降口も、色とりどりの装飾や、行き交う生徒たちの浮き足立った声で溢れている。
「よし、開店準備、最終チェック!」
僕らの教室「謎解きゲームカフェ」も、朝から大忙しだった。
優愛が委員長として、テキパキと各係に指示を飛ばす。
「調理係、クッキーの数は足りそう?」
「内装係、キャンドルの電池は全部確認して!」
その頼もしい横顔を見ながら、僕も副委員長として自分の仕事に集中する。
「接客係、謎解きカードの渡し方、もう一度確認するぞ!」
「おお!」
クラス全員の心が、一つになっている。
やがて、開会を告げるファンファーレが校内に鳴り響き、僕らの初めての涼風祭が、ついに始まった。
有難いことに、僕らのカフェは開店直後から大盛況だった。
「謎解き、めっちゃ面白い!」
「このクッキー、美味しい!」
お客さんたちの嬉しそうな声が、僕らの疲れを吹き飛ばしてくれる。
「溢喜! 2番テーブルのオーダーお願い!」
「了解!」
優愛と声を掛け合い、息の合った連携で次々とお客さんを捌いていく。
この感覚、たまらなく楽しい。最高のパートナー、という言葉が、また胸をよぎった。
あっという間にお昼のピークが過ぎ、少しだけ客足が落ち着いた頃。
「よっ! 委員長、副委員長! 大繁盛じゃねえか!」
ひょこっと顔を出したのは、希望だった。その隣には、美褒もいる。
「二人とも、お疲れ様。すごく頑張ってるね」
美褒が優しい笑顔で言う。
「希望こそ、自分の仕事いいのかよ」
「俺たちはこれからだから。さっきまで他のクラスの展示とか見て回ってた。つまり、この功労者二人に、休憩時間をプレゼントしに来てやったってわけだ」
希望が、ニヤリと笑って言った。
「え、でも……」
優愛が戸惑っていると、美褒が「大丈夫だよ、ゆーちゃん」と、そっと彼女の背中を押した。
「少しの時間くらい、私たちに任せて。せっかくのお祭りなんだから、二人も楽しまないと」
「……でも」
「いいから、いいから! お二人さん、ちょっと休憩してきたら?」
希望が、わざとらしく大きな声で言う。
その言葉に、周りで作業していたクラスメイトたちが、僕と優愛の顔を見て、ニヤニヤと意味ありげに笑っている。
優愛は、その視線に気づいて、もう顔が真っ赤になって俯いてしまった。
「……じゃあ、少しだけ、お願いしようかな」
僕がそう言うと、優愛は驚いたように顔を上げた。
僕は彼女の手をそっと引き、「行こうぜ、委員長」と、教室の外へと連れ出した。
校内は、人でごった返していた。
他のクラスの呼び込みの声、楽しそうな笑い声、美味しそうな匂い。
その喧騒の中を、僕らは並んで歩く。
「……ご、ごめん。なんか、強引に」
「ううん。……ありがとう」
優愛が、小さな声で言った。
「私も、少し、見て回りたかったから」
その時、後ろから来た他のクラスの生徒たちの集団に、ぐっと押された。
「わっ……!」
ふらつく優愛。僕は咄嗟に彼女の腕を掴んだが、人の波は止まらない。
このままじゃ、はぐれてしまう。
「優愛!」
僕は、人混みの中で、彼女の手を掴み直した。
指を絡め、しっかりと、握りしめる。
「え……」
驚いて僕の顔を見る彼女に、僕は言った。
「……こうしてないと、また迷子になるだろ」
それは、言い訳だったかもしれない。
でも、もう、この手を離したくなかった。
僕の言葉に、優愛は一瞬だけ目を見開いて、そして、今までで一番、幸せそうに、はにかんだ。
「……うん」
繋がれた手の温かさが、祭りの喧騒も、人の多さも、すべてを遠くに感じさせた。
僕らは、そのまま何も言わずに、ゆっくりと歩き出した。
まるで、この世界に、僕と優愛の二人だけしかいないみたいに。
僕たちの、本当の涼風祭は、今、始まったばかりだった。




