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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第五章 名前のない関係
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第六十話 センチメンタルな夕暮れ

涼風祭を明日に控えた金曜日の放課後。

僕らの教室は、甘い匂いと、最後の仕上げに追われる生徒たちの熱気で、むせ返るようだった。


「クッキー、全部焼き上がったよー!」

「謎解きカードの最終チェック、お願い!」

「看板、あとは文字を入れるだけだ!」


調理係が試作したクッキーの香ばしい匂いが漂う中、僕はカウンターの最後の飾り付けをしていた。

優愛は、各係を回りながら、最終的な指示を出している。

その横顔は真剣で、でも、どこか楽しそうだった。


「副委員長、ちょっといいか?」

「ん、どうした?」

謎解き係のリーダーが、一枚のカードを持って僕のところにやってきた。

「最後の問題、どうしても良いのが思いつかなくて……。何か、いいアイデアないか?」


僕も一緒になって頭を捻る。

「うーん……最後の謎は、カフェのメニューに関係するものがいいよな」

「そうなんだよ。でも、ありきたりなのは、もう出尽くしちゃって……」


その時、ふと、僕の頭にある光景がよぎった。

この前、優愛が嬉しそうに飲んでいた、缶コーヒー。


「……あのさ、答えが『コーヒー』になるような、なぞなぞ、とかどうだ?」

「なぞなぞ?」

「ああ。『飲んだら、大人の仲間入り。でも、飲みすぎると眠れなくなっちゃう、黒くて苦い飲み物なーんだ?』みたいな」

「……それ、なぞなぞか?」

係のリーダーが、怪訝な顔をする。

「まあ、クイズってことだよ、クイズ!」

僕の少しごまかすような言い方に、係のリーダーは「……それ、面白いかも!サンキュ、副委員長!」と笑って戻っていった。


やがて、完全下校時刻のチャイムが鳴り響く。

ほとんど完成した教室の装飾を眺めながら、クラスメイトたちが「明日頑張ろうな!」「お疲れ!」と満足そうな顔で帰っていく。


「溢喜、戸締り、お願いしてもいい?」

「おう、任せろ」


最後に残ったのは、また僕と優愛の二人だけだった。

二人で、誰もいなくなった教室を見渡す。

手作り感満載のカウンター、壁に貼られたマスキングテープの装飾、天井から吊るされたLEDキャンドル。

完璧とは言えないかもしれないけど、僕らが、僕らのクラスが、一丸となって作り上げた、最高の空間だった。


「……終わっちゃうね」

夕日が差し込む窓辺に立ち、校庭を眺めながら、優愛がぽつりと呟いた。

その声は、どこか寂しげだった。

「そうだな」

「準備期間、すごく大変だったけど……でも、すごく、楽しかった」


僕も、同じ気持ちだった。

この数週間、副委員長として、彼女の隣で過ごした時間は、今までの人生で一番、濃くて、充実した時間だったかもしれない。


「……涼風祭が終わったら、また、普通の毎日に戻るんだね」

優愛の言葉に、僕の胸が、ちくりと痛んだ。

委員長と、副委員長。

この特別な関係でいられるのも、明日と、明後日の、二日間だけ。


その時、僕は、どうしようもない衝動に駆られていた。

「なあ、優愛」

「ん?」

「涼風祭、さ。……明日、少しだけでいいから、二人で、一緒に回らないか?」


僕は、彼女の肩にそっと手を置き、自分の方へと向き直らせた。

驚いたように見開かれる、大きな瞳。

夕日が、その瞳を、キラキラと濡れているように見せた。


「……いいの?」

「いいのって、何が」

「だって、溢喜、本当はこういうの、あんまり好きじゃないでしょ? 無理して、ない?」

僕の気持ちを、どこまでも見透かそうとする、優しい瞳。


「無理してない。僕が、回りたいんだ。優愛と、二人で」


僕の真剣な眼差しに、優愛は何も言わずに、でも、確かに、こくりと頷いてくれた。

その顔は、夕焼けよりも、ずっと赤く染まっていた。


チャイムが、僕らの沈黙を破るように、もう一度、鳴り響いた。

僕たちの、センチメンタルな夕暮れは、まだ、終わりそうになかった。

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