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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第五章 名前のない関係
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第五十九話 君の好きなもの

涼風祭を目前に控えた水曜日。

放課後の教室は、今までで一番の熱気に包まれていた。


「カウンターの飾り付け、あと少し!」

「謎解きカードの印刷、終わったよー!」

「誰か、そこのガムテープ取って!」


あちこちで声が飛び交い、クラス全員が、それぞれの持ち場で必死に手を動かしている。

僕らの「謎解きゲームカフェ」は、少しずつ、でも確実に形になってきていた。


「溢喜! こっちのメニュー表、壁に貼るの手伝ってくれる?」

「おう!」


優愛の声に、僕はすぐに駆け寄る。

副委員長という役職にも、すっかり慣れた。

今はもう、自分が何をすべきか、自然と分かるようになっていた。

脚立に登ってメニュー表を貼る僕を下から支えながら、優愛が感心したように言う。

「すごいね、溢喜。いつの間にか、クラスの男子の中心みたいになってる」

「そんなことないだろ。僕はただ、優愛の指示通りに動いてるだけだって」

「ううん、違うよ。みんな、ちゃんと溢喜のこと、頼りにしてる」


その言葉が、くすぐったくて、でもどうしようもなく嬉しい。

僕が照れながら脚立を降りると、内装係のリーダーが駆け寄ってきた。

「委員長、副委員長! ここの壁、まだスペースが余ってて寂しいんだけど、何かいいアイデアないかな?」


優愛と二人、うーん、と壁を見上げて唸る。

「何か、魔法学校っぽいポスターとか……?」

「でも、今から絵を描く時間はないし……」


僕らが悩んでいると、ふと、優愛が何かを思いついたように、ぽん、と手を叩いた。

「そうだ。溢喜、ちょっと買い出し、付き合ってくれる?」


僕と優愛は、他のメンバーに後を任せ、二人だけで学校を抜け出した。

夕暮れの商店街。

部活帰りの生徒たちで賑わう道を、僕らは並んで歩く。


「で、何を買うんだ?」

「ふふっ、秘密」

そう言って悪戯っぽく笑う彼女の後ろを、僕はついていく。

たどり着いたのは、僕一人では絶対に入らないような、お洒落な文房具屋だった。


「ここで、何が……」

「これだよ」

優愛が指差したのは、壁に飾られた、様々なデザインのマスキングテープだった。

星空の柄、歯車の柄、古い地図の柄……。


「これを、さっきの壁に、フレームみたいに貼っていくの。何種類か組み合わせれば、きっと魔法の呪文みたいで、可愛くなると思う」

「……なるほど。すごいな、優愛。よく思いつくな」

「溢喜が、いつも私の思いつかないことを助けてくれるから、私も頑張らないとって思うんだよ」


そう言って微笑む横顔が、夕日に照らされて、やけに綺麗だった。


会計を済ませ、店を出る。

すっかり暗くなった帰り道。

二人分の影が、街灯の光で長く伸びる。


「……疲れた」

ふと、隣を歩いていた優愛が、子供みたいにぽつりと呟いた。

見れば、その目の下には、うっすらと隈ができている。

そうだ。

僕が気づかないところでも、彼女はずっと、委員長として、この数週間、誰よりも頑張ってきたんだ。


「……ちょっと、待ってろ」

僕はそう言って、近くのコンビニへと駆け出した。

戻ってきた僕が差し出したのは、一本の温かい缶コーヒーだった。


「え……?」

優愛が、驚いたように目を丸くする。

「なんで……コーヒー?」

「そりゃあな。最近、ハマってるんだろ? 甘いものと一緒に飲むのがクセになる、とか言って」


僕にとっては、当たり前のことだった。

彼女がそう言ってカフェに連れて行ってくれた日から、ずっと覚えている。


「……」

優愛は、何も言わずにそれを受け取ると、小さな声で、でも、今まで聞いた中で一番優しい声で、こう言った。


「……覚えてて、くれたんだ。ありがと」


その一言と、缶コーヒーを両手で包み込むように持つ、嬉しそうな横顔。

それだけで、僕の心は、どうしようもないくらいの幸福感で満たされていった。

涼風祭が終わったら、なんて悠長なことは言っていられないかもしれない。

この気持ちはもう、僕一人の中だけには、留めておけそうになかった。

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