表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第五章 名前のない関係
58/182

第五十八話 夕暮れの教室

「――だから、この板の角度をこうすれば、もっと安定するって!」

「おお! なるほど! さすが副委員長!」


涼風祭を来週に控えた、金曜日の放課後。

僕らの教室は、ペンキの匂いと、どこか焦りの混じった活気のある声で満たていた。


「やばい、このペースで間に合うのか!?」

カフェのカウンターになる板の組み立てにてこずっていた希望が、大げさに叫ぶ。

「大丈夫だって。お前がちゃんと塗れてればな」

「当たり前だろ! 俺の芸術的センスをなめるなよ!」

そう言って希望が見せてきた看板は、見事に絵の具がはみ出していた。


「あーあ、希望。またやっちゃってる」

美褒が呆れたように笑いながら、ウェットティッシュで器用に修正していく。

その賑やかなやり取りを横目で見ながら、僕は自分の役割に戻った。

楽しい。心から、そう思える。

時間がない中で、みんなで一つのものを創り上げていく、この一体感。そして、その中心には、いつも優愛がいた。


「よし、こっちは大体できたかな。溢喜、ちょっと手伝ってくれる?」

優愛が、壁に貼る大きな背景用の布を広げながら、僕を呼んだ。

「ああ」

二人で布の端と端を持ち、壁に画鋲で留めていく。


「もうちょっと、右かな」

「こっちか?」

「ううん、行き過ぎ。もうちょい左」


僕の指示に合わせて、優愛が一生懸命、背伸びをしている。

それでも、僕より頭一つ分くらい低い彼女の頭頂部が、僕の視界に入ってくる。

(……ちっちゃくて、なんか、可愛いな)

普段、しっかり者の彼女が見せる、こういう不器用な一面に、心臓が不意に、きゅっとなる。


「……あ、ごめん。そこ、曲がってる」

優愛が、僕が刺した画鋲のすぐそばを直そうと、ぐっと手を伸ばした、その時だった。

バランスを崩したのか、彼女の体が、ふらり、と僕の方へ傾いてきた。


「わっ……!」

「おっと……!」


僕は反射的に、彼女の肩をぐっと支えた。

必然的に、顔と顔が至近距離になる。

目の前には、驚きで見開かれた、優愛の大きな瞳。

夕方のオレンジ色の光が、窓から差し込んでいる。

その光が、彼女の真っ直ぐな黒い瞳に吸い込まれて、まるで星が瞬いているみたいに、キラキラと輝いていた。


(……綺麗だ)


思わず、息を呑む。

時間がないことも、周りの喧騒も、一瞬だけ、全てが頭から消え去った。


「……ぷっ」

不意に、優愛が吹き出した。

「ご、ごめん。なんか、溢喜の顔、すごいことになってる」

「なっ……!」

言われてみれば、僕は息を止めて、カチコチに固まっていた。

「優愛だって、顔、真っ赤だぞ」

僕がそう言い返すと、彼女は「溢喜のせいでしょ!」と、僕の胸を軽く叩いた。


「おーい、お二人さん! 青春ドラマはいいから、手、動かせー! 時間ないぞー!」

希望の野次が飛んできて、僕らは慌てて距離を取った。


やがて、完全下校時刻のチャイムが鳴り響き、僕らは作業を切り上げる。

他のメンバーは慌ただしく帰っていき、最後に残った僕と優愛で、教室の戸締りをした。


「……ありがとう、今日も」

誰もいなくなった教室で、優愛がぽつりと言った。

「ううん。僕の方こそ。なんか、楽しいな、こういうの」

「うん、私も。……溢喜が、副委員長で、本当によかった」


夕焼けに染まる教室。

作りかけのカウンターや、散らかった道具。

でも、この乱雑な空間が、僕らが今日一日、確かに同じ時間を共有し、同じ目標に向かって必死に頑張った証のように思えた。


「……帰るか」

「うん」


帰り道。

いつもより、ほんの少しだけ、僕らの歩く距離は近かったかもしれない。

繋いでいない方の手が、触れそうで、触れない。

そのもどかしい距離感すら、今はたまらなく愛おしい。

僕は、溢れ出しそうになる気持ちを必死に抑えながら、この忙しくて、でも幸せな時間が、一日でも長く続くようにと、心の中で願っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ