第五十六話 僕らの企画書
「――で、クラスの出し物なんだけど、企画案、何か考えてきた?」
週末のファミレス。
僕の目の前で、優愛が真剣な顔でノートを広げている。
その姿は、もうすっかり「実行委員長」の顔だ。
僕も「副委員長」として、いくつかアイデアをメモしてきた紙を取り出す。
「一応、定番だけどカフェとか、お化け屋敷とか……」
「うんうん、そうだよね。私も、最初はそう思ったんだけど……」
優愛は、少しだけ困ったように眉を寄せた。
「カフェだと、調理組と接客組で役割が偏っちゃうし、お化け屋敷だと、怖がらせる役は楽しいけど、お客さんの誘導係とか、裏方はちょっと退屈かもしれないでしょ?」
その言葉に、僕はドキリとした。
中学の時、お化け屋敷の呼び込み係で、ひたすら退屈な時間を過ごした僕の過去を、彼女は気づいてくれていたんだ。
「やるなら、クラス全員がちゃんと役割を持てて、全員が『自分たちのクラスの出し物だ』って胸を張れるような、そんな企画にしたいんだ」
まっすぐな瞳でそう言う彼女を見て、僕はただ頷くことしかできなかった。
すごいな、優愛は。
もう、そこまで考えてるんだ。
それに引き換え、僕は……。
「……ごめん。あんまり、役に立てそうにない」
思わず、弱音がこぼれた。
「僕なんかが副委員長になっても、結局、優愛に全部任せっきりになっちゃうかも……」
すると、優愛はノートから顔を上げて、少しだけ呆れたように、でも優しく僕の顔を見た。
「もう。また、すぐそうやって自分を低く見る」
「だって、事実だろ」
「事実じゃないよ。だって、この前の『はとこ会』、溢喜がいなかったら、絶対に成功しなかったもん」
彼女は、ペンを持ち直し、ノートの新しいページを開いた。
「私、アイデアを出すのは得意だけど、それをまとめるたり、細かいところに気づいたりするのは、ちょっと苦手なの。でも、溢喜はそれができる。バドミントンみたいに、みんなが楽しめる『抜け道』を見つけるのが、すごく上手」
そして、彼女は僕の目をまっすぐに見つめて、にこりと笑った。
「だから、これは命令です、副委員長くん。あなたも、ちゃんと意見を出すこと。いいね?」
委員長からの、初めての「命令」。
でも、それは少しも嫌なものじゃなかった。
むしろ、君を頼りにしてるんだよ、という、何よりも嬉しい信頼の言葉だった。
「……分かったよ、委員長」
僕がそう返すと、彼女は満足そうに頷いた。
そこから、僕らの本当の作戦会議が始まった。
「ただのカフェじゃなくて、謎解きとか、ゲーム要素を入れるのはどうかな?」
「いいね! 脱出ゲームみたいな?」
「そうそう! 料理も、ただ出すだけじゃなくて、謎を解いたら特別なトッピングがもらえる、とかさ」
「わ、それ、すごく面白そう!」
僕のアイデアに、優愛が目を輝かせて食いついてくる。
僕の言葉が、彼女の中で新しい形になって、どんどん企画が膨らんでいく。
この感覚、たまらなく楽しい。
気づけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。
ノートの上には、僕と優愛、二人の文字でびっしりと埋まった、最高の企画書が完成していた。
帰り道。
「ありがとう、溢喜。やっぱり、副委員長になってもらって、本当によかった」
優愛が、心からの声でそう言った。
「僕の方こそ。なんか、初めて、自分の意見が形になった気がする」
自分の役割を見つけられた、確かな手応え。
それは、ただ彼女の隣にいるだけでは、決して得られなかったものだ。
家の近くの、いつもの角を曲がる。
大通りから、僕たちの家がある静かな住宅街の道へと入ると、空気が少しだけ変わった気がした。
ここから先は、もう僕たちの空間だ。
「じゃあ、また明日、学校で。副委員長くん」
優愛が、わざとらしく敬礼して見せる。
「はいはい。また明日、委員長さん」
僕も、同じように返した。
二人で、顔を見合わせて笑い合う。
僕たちの、委員長と副委員長としての日々。
そして、最高のパートナーとしての日々が、今、確かに始まろうとしていた。




