第五十五話 委員長と副委員長
「――私も、実行委員長、引き受けます」
優愛の、凛とした声が、夕暮れの廊下に静かに響く。
僕の心臓を鷲掴みにしたその言葉を最後に、教室の中の話し声は途切れ、やがてガチャリとドアが開いた。
「あれ、溢喜? まだ残ってたの?」
出てきたのは、優愛と、クラスの学級委員長だった。
僕がドアのすぐそばに突っ立っているのを見て、二人とも少しだけ驚いた顔をしている。
「……盗み聞き、してたの?」
優愛が、少しだけ拗ねたように、でも顔を赤らめながら僕を睨む。
「いや、違う! たまたま、今戻ってきただけで……」
しどろもどろになる僕を見て、学級委員長が「まあまあ」と笑って間に入った。
「ちょうどよかった。青空くん、話は聞いちゃったかもしれないけど、そういうわけなんだ。海波さんを委員長として、副委員長として、支えてやってくれないか?」
「いや、無理です!」
僕は、食い気味に即答していた。
「僕なんかが、副委員長なんて! 中学の時、呼び込みしかできなかったんですよ!? そんな大役、絶対に務まりません!」
僕の必死の抵抗に、学級委員長は「まあ、そう言わずに……」と困った顔をしている。
「……帰ろっか」
ふいに、優愛がぽつりと呟いた。
学級委員長に「あとは、私たちで話しますから」とだけ言って、僕の腕を掴むと、半ば強引に廊下を歩き出した。
帰り道。
僕たちは、しばらく無言で歩いていた。
先に口を開いたのは、僕だった。
「……なんで、あんなこと言ったんだよ」
「あんなこと?」
「僕が副委員長をやるなら、って……。僕が断ったら、優愛もやらないつもりだったのか?」
僕の問いに、優愛は立ち止まり、僕の方へと向き直った。
「うん。そのつもりだったよ」
きっぱりとした、迷いのない声だった。
「だって、私一人じゃ、きっと無理だから。空回りして、全部自分で抱え込んで、きっとダメになっちゃう。でも……」
優愛は、僕の目をまっすぐに見つめて、言った。
「溢喜が隣にいてくれるなら、できると思った。この前の、はとこ会の企画みたいに。私が気づかないところに気づいてくれて、私ができないことを、当たり前みたいに助けてくれる。溢喜が一緒なら、絶対に成功するって、そう思ったから」
それは、今まで聞いた、どんな言葉よりもストレートな、信頼の言葉だった。
僕の心臓が、大きく、そして温かく脈打つのを感じる。
「……僕は、ただの看板持ちだった男だぞ」
まだ、弱音を吐いてしまう僕に、優愛は小さく笑った。
「うん。知ってる。でも、今の溢喜は、もう違うよ」
そして、彼女は、とどめの一言を、少しだけいたずらっぽく、でも真剣な目で、僕に投げかけた。
「……最高のパートナー、なんでしょ?」
その言葉に、僕はもう、何も言い返せなかった。
降参だ。完敗だ。
こんな風に言われてしまったら、僕に断るという選択肢は、最初から存在しなかったんだ。
「……分かったよ。やるよ、副委員長」
僕が、観念したようにそう言うと、優愛は、今日一番の、花が咲くような笑顔を見せた。
「!……うん。ありがとう、溢喜」
翌日の昼休み。
僕と優愛が、文化祭の実行委員長と副委員長になったことを報告すると、希望と美褒は、予想通りの反応を見せた。
「マジかよ!お前、副委員長とか、絶対向いてないだろ!」
「ふふっ、やっぱりね。ゆーちゃんが委員長なら、溢喜が副委員長になると思ってた」
希望の野次と、美褒の祝福。
その賑やかな声を聞きながら、僕は隣に座る優愛の横顔を盗み見た。
彼女はもう、分厚い資料を広げて、真剣な顔で何かを書き込んでいる。
その姿は、もうすっかり「委員長」の顔だった。
穏やかだと思っていた日常にやってきた、新しい嵐。
でも、不思議と、嫌な気はしなかった。
この嵐を、この最高のパートナーと一緒に乗り越えていく未来を想像して、僕の胸は、少しだけ高鳴っていた。




