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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第四章 僕らが照らす道
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第四十五話 一人じゃないよ

父さんの目から流れ落ちた、一筋の涙。

その光景が、僕の脳裏に焼き付いて離れなかった。

どれくらいの時間が経っただろうか。

リビングの重い沈黙を破ったのは、母さんの優しい声だった。


「優愛ちゃん、遅くまでごめんなさいね。溢喜のこと、支えてあげてくれて、ありがとう」

母さんはそう言うと、僕と優愛の手が重ねられているのを見て、少しだけ寂しそうに、でも確かに嬉しそうに微笑んだ。

父さんも、ようやく落ち着きを取り戻したのか、「すまなかったな」とだけ言って、静かに立ち上がった。


両親がリビングから去り、僕と優愛、二人だけが残される。

さっきまで僕の心を支えてくれていた、優愛の手の温かさが、今は逆に、僕が彼女を支えなければならないのだと語りかけているようだった。


「……送るよ」

僕がそう言うと、優愛は何も言わずにこくりと頷いた。


家が隣同士だから、送ると言っても、ほんの数メートルの距離だ。

玄関のドアを開けて、ひんやりとした夜の空気を吸い込む。

昼間の出来事も、書斎での発見も、まるで遠い昔のことのようだ。


「……大丈夫?」

家の前で立ち止まり、優愛が僕の顔を心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫、なわけないだろ」

僕は、力なく笑って見せた。

「自分の知らないところで、そんな……。父さんや母さんがあんな顔してるの、初めて見た」


大伯父の、颯喜さん。

光道家と青空家を引き裂いた、悲しい事故。

そして、その呪いを解いてほしいという、両親の切実な願い。

あまりにも、重すぎる。

高校生の僕が、背負っていい重さじゃない。


「……私も、分かんない。おじいちゃんたちが、そんな過去を抱えてたなんて……」

優愛の声も、震えていた。

そうだ、これは僕だけの問題じゃない。

彼女もまた、この重い過去の当事者なんだ。


「でもさ」

僕が俯いていると、優愛が僕のジャケットの袖を、きゅっと掴んだ。

「溢喜のお父さんとお母さん、すごいよ。だって、二つの家族がそんな状態だったのに、一緒になることを諦めなかったんでしょ? それって、すごく、勇気がいることだよ」


その言葉に、僕ははっとした。

そうだ。

父さんと母さんは、逃げなかったんだ。

断絶された関係の中で、それでも未来を繋ごうとしてくれたんだ。


「私たちが、解けるのかな。こんな、何十年も続いた呪いなんて」

弱音を吐く僕に、優愛は首を横に振った。

「分かんない。でも……一人じゃないよ」


袖を掴む彼女の指先に、力がこもる。

「溢喜には、私がいる。私には、溢喜がいる。昨日、父さんが言ってた『本当の意味での和解』ってやつ、二人で、やってみない?」


その瞳は、もう潤んではいなかった。

悲しみや戸惑いを超えた、強い意志の光が宿っていた。

彼女も、怖いんだ。

不安なんだ。

でも、僕と一緒に、前に進もうとしてくれている。


「……ああ」

僕は、頷いた。

「やろう。二人で」


何をすればいいのか、まだ分からない。

でも、やるべきことは、一つだけ見えた気がした。


「週末、優誓おじいちゃんに会いに行く。私は、孫として、ちゃんと話を聞きたい」

優愛が言った。

「……僕もだ。真実おじいちゃんに、会いに行く。孫として、聞かなきゃいけないことがある」


一番激しくいがみ合ったという、長男と次男。

僕と優愛が、それぞれの祖父と向き合う。

それが、僕らがすべき、最初の一歩だ。


「じゃあ、また明日、学校で」

優愛が、ようやくいつものように小さく笑って、袖から手を離した。

「うん。また明日」


自分の家に入っていく彼女の背中を見送る。

一人になった途端、ずしりとした重圧が再び肩にのしかかる。

でも、もう不思議と、怖くはなかった。


部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

天井を見上げながら、僕は強く、拳を握りしめた。

両親が繋いでくれた、この命と、想い。

僕が、僕たちで、必ず未来に繋いでみせる。

それは、光道家とか、青空家とか、そういう大きな話じゃない。

ただ、大好きな幼馴染の、あの強い瞳を曇らせたくない。


僕の心の中に、新しい、そして確かな決意が生まれた夜だった。

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