第四十二話 五人目の兄弟
「……誰、この人?」
優愛の呟きが、静まり返った書斎に響く。
僕らは、手の中にある一枚の古い写真に釘付けになっていた。
まだ学生服を着た、若き日の光道四兄弟。
その隣で、少しだけ遠慮がちに、でも確かに兄弟のように肩を並べて笑う、見知らぬ少年。
「……分からない。こんな人、見たことも聞いたこともないよ」
優愛も、ひいおじいちゃんの日記をめくりながら、首を傾げている。
僕も記憶を辿るが、親戚の集まりで、こんな顔を見た覚えはなかった。
「日記に、何か書いてないか?」
僕がそう言うと、優愛は「うん」と頷き、二人で革張りのページを慎重にめくっていく。
ひいおじいちゃんの達筆な文字で綴られていたのは、会社の立ち上げの苦労や、息子たち(四兄弟)の成長を喜ぶ、ごくありふれた日々の記録だった。
『優誓がまた真実と喧嘩をした。あいつらの頑固さは、誰に似たのやら』
『爽快が、初めて自転車に乗れたと喜んで帰ってきた』
『栄誉は、相変わらず兄たちの後ろをついて回ってばかりだ』
微笑ましい記述に、僕らの緊張も少しだけほぐれる。
そして、何ページか進んだところで、優愛の指がぴたりと止まった。
「……あった」
彼女が指差した先には、こう書かれていた。
『今日、息子たちが五人で撮った写真を持ってきた。我が家の宝物が、また一つ増えた』
やはり、五人いたんだ。
僕らは息を呑んで、次の行を追う。
『あの子……颯喜が、光道の子として生まれてきてくれたら、と何度願ったことか。だが、血の繋がりがなくとも、あの子は確かに、私の五人目の息子だ。どうか、この先も、本当の兄弟のように支え合っていってほしい』
颯喜。
それが、あの少年の名前らしい。
「血の繋がりがなくとも」ということは、養子か何かだろうか。
「待って、溢喜。この名字……」
優愛が、日記の別のページを指差した。そこには、こう記されていた。
『今日は、青空さんの家に、颯喜を預けに行った。うちの息子たちと一緒になって、泥だらけではしゃいでいる姿は、見ていて飽きない』
青空。
僕の、名字だ。
「……どういうことだよ」
心臓が、嫌な音を立てて脈打つのを感じた。
僕の家と、光道家。
そして、颯喜という少年。
一体、どんな関係があったんだ。
僕らは、半ば無我夢中で、日記のページをさらに先へと進めた。
そして、ある日付のページで、僕らの目は釘付けになった。
そこだけ、ひいおじいちゃんの文字が、明らかに乱れていた。
涙で滲んだような跡さえある。
『なぜ、あんなことになってしまったんだ。私のせいだ。私が、もっと早く気づいてやれば……。颯喜を、守ってやれたかもしれないのに』
『優誓と真実が、互いを責め合っている。あんなに仲の良かった兄弟が、バラバラになってしまった。颯喜がいなくなってから、この家の光は、まるで消えてしまったようだ』
『すまない、青空。君の大切な息子を、私は……』
そこで、日記の記述は途切れていた。
その次のページからは、まるで何事もなかったかのように、また会社の業務日誌に戻っている。
颯喜という少年がどうなったのか、兄弟がなぜ仲違いしたのか、その核心は、まるで意図的に隠されたかのように、どこにも書かれていなかった。
僕と優愛は、顔を見合わせた。
書斎に足を踏み入れた時の、ただの好奇心はもうどこにもなかった。
代わりに、僕らの心の中には、光道家がひた隠しにしてきたであろう、重く、そして悲しい過去の断片が、ずしりと横たわっていた。
「……おじいちゃんたちが、『器』とか『信頼』とか、あんなに『支え合うこと』にこだわる理由、もしかしたら……」
優愛の震える声が、僕の考えと重なる。
そうだ。
彼らが跡継ぎに求める資質は、ただの経営理念なんかじゃない。
かつて、彼らが失ってしまった、かけがえのない何かを取り戻すための、切実な祈りだったのかもしれない。
僕らは、もう一度、手の中の写真に目を落とした。
五人の少年たちの、屈託のない笑顔。
この笑顔に、一体何があったのか。
僕らは、知らず知らずのうちに、光道家の最も深い謎の扉を、開けてしまっていた。
Hello 你好 こんにちは!Takayuです。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
僕のミスで、一時的に話の投稿順が前後してしまいました。
更新通知などで読みに来てくださった方々を混乱させてしまい、大変申し訳ありませんでした。
現在は正しい順番に修正しております。
今後とも、楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします!
それでは、また後で。See you later!




