第四話 ガチで怒られた日
僕は今、ピンチだ。
家に筆箱を忘れてしまった。
幼馴染に借りてこようと思ったが、そうもいかない。
教室に来る途中、わざと彼女の靴のかかとを踏んでしまい、機嫌が悪いんだ。
数秒悩んだ末、彼女のところに行き、言った。
「すまん!筆箱忘れたからいろいろ貸してくれ!」
優愛は、呆れたように言った。
「さっきのことを謝るかと思ったら、『筆箱忘れたからいろいろ、貸してくれ』って…」
僕はすぐに言った。
「そのことについては、ガチでごめんなさい!」
「『ガチで』って言ってる時点で、謝罪の気持ちが伝わってない」
ダメだ。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。
「とにかく、今日は貸さないわ。自分で何とかしなさい」
優愛は足早に僕の目の前からいなくなった。
嘘だろ~。嘘だと言ってくれ~。
膝からガクッと崩れ落ち、しょんぼりしていると、後ろから声がした。
優愛とは違う、高くて、落ち着いた声だった。
「あ~。またゆーちゃん怒らせたー」
その声の主は、中学で出会った、白雲 美褒。
ふわっとした雰囲気で、いつもニコニコしている癒し系女子だ。
「女子を怒らせたら怖いって、何回言えばわかるのー?」
穏やかな声で言われ、悲しい気持ちが少し癒える。
「だけど、流石に嫌われた…よな…」
そう言うと、自分がやってしまったことへの罪悪感が押しかかってくる。
「筆箱のことか、ゆーのことか、どっちで凹んでんのかは知らないけど〜。文房具なら貸すよ〜?」
瞬間、僕の罪悪感は消えた。
「ホントっすか!ガチでありがとうございます!」
「だから『ガチで』って言うのはやめたほうがいいよ〜」
もうそんなのどうでもいい。
美褒から借りたペンで、なんとか授業を乗り切った。
でも、優愛はずっと僕の方を見ようとしなかった。
昼休み、僕はこっそり彼女の机に近づいた。
「…あの、さっきは本当にごめん。踏んだのは、わざとじゃなくて…いや、ちょっとだけわざとだったけど…」
優愛は、ため息をついて言った。
「ホントにもう…。背は私より大きいのに、中身は私より子どもなんだから…」
でも、その声は少しだけ柔らかかった。続けて優愛は言った。
「筆箱、明日は忘れないでよね。あと、靴も踏まないで」
「はい…」
「あと、『ガチで』って言うのも禁止。言ったら私の言う事聞いてね?」
「えっ、ガチで?」
「あ、言った。」
クソ!なんで僕はこうなんだ…。
優愛は少しだけ笑って言った。
「明日もどうせ暇でしょ。休日だし。私の荷物持ちしてよ」
「…はい。分かりました」
そう言って、僕は自分の席に戻った。
席に着いたら、希望がニヤニヤしながら向かってきて言った。
「フラれましたか〜?」
「フラれてません」
すぐにそう答えると、希望は少し考えて言った。
「フラれてない…ということは、二人はもう付き合ってるっていうことですか?!」
「違う違うどうしてそうなる」
僕は早口で返す。
確かに彼女は可愛いが、恋心を持っているわけではない。希望は僕の反応を見て、さらにニヤニヤを深めた。
「ふ〜ん。じゃあ“まだ”ってことですね〜」
「違うってば」
「でも、優愛様のこと、けっこう気にしてるよね?怒ってる時も、なんか…本気っぽかったし」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
優愛の顔が、ふと頭に浮かぶ。
怒ってる時の目。ため息のあとに見せた、あの柔らかい声。
「…いや、ただの幼馴染だし」
そう言って、僕は窓の外を見た。
空は、昨日より少しだけ青かった。