第三十九話 新しい約束、いつもの朝
『うん。……約束、だよ』
日曜の夜に交わした優愛の弾むような声と、幸せそうな笑顔。
月曜日の朝になっても、その余韻は温かいまま僕の胸の奥で続いていた。
玄関のドアを開けると、いつもと同じタイミングで優愛が出てくる。
「おはよう、溢喜」
「おはよ、優愛」
もう、そこに戸惑いや気まずさはない。
約束を交わしたことで、僕らの関係はまた一つ、確かな形になった気がした。
「なんか、顔つき変わったな、お二人さん」
昼休み、机をくっつけて弁当を広げるなり、希望がニヤニヤしながら言った。
「日曜の修行は、よっぽど実りがあったと見える。次の修行の約束まで取り付けたって、うちの親父が社長から聞いて大興奮してたぞ」
「どこまで筒抜けなんだよ、あの家は……!」
僕が頭を抱えていると、美褒がくすりと笑った。
「そりゃあ、ゆーちゃんの顔を見れば分かるよ。幸せだって書いてあるもん」
「み、美褒まで!」
顔を真っ赤にしてわたわたする優愛を見て、僕も思わず笑ってしまった。
そうだ、僕らにはまず、今週末にやるべきことがある。
「まあ、茶化すのはその辺にしてさ」
僕がそう言って空気を変えると、優愛も「そうだよ!」と頬を膨らませる。
「今週末のはとこ会、みんなに楽しんでもらわないとね」
放課後。
僕と優愛は、はとこ会で使うちょっとした景品やお菓子を買い出しに行くために、駅前のスーパーに寄っていた。
「宝探しゲームの景品、何がいいかな」
「んー、お菓子セットとか? 小さい子も大きい子も嬉しいやつ」
「それ、いいな」
二人で買い物カゴを持って、お菓子コーナーを並んで歩く。
この前の、一人で服を選ぶのにもあれだけ悩んだのが嘘みたいに、今は自然に優愛と意見を交わしながら、次々と商品を決めていくことができた。
「あ、これ、流満ちゃんが好きそう」
優愛が、動物の形をしたクッキーを手に取る。
「ほんとだ。和満さんは、こっちの紅茶のクッキーとか好きそうだな」
僕も、自然と一人一人の顔を思い浮かべていた。
前回、ただみんなに流されるだけだった自分が、今はこうして企画の中心にいる。不思議な感覚だった。
「すごいね、溢喜」
ふと、優愛が感心したように言った。
「ちゃんとみんなのこと、見てるんだね」
「いや、そんなこと……」
「ううん、見てるよ」
優愛は僕の言葉を遮り、少しだけ真面目な顔で続けた。
「私、正直なところ、お弁当のこととか、お菓子のことくらいしか頭になかったんだ。でも、溢喜がバドミントンとかボール遊びを提案してくれたでしょ? あれ、すごく助かった」
「え?」
「だって、前回のはとこ会、年下の子たちは少しだけ退屈そうだったでしょう? 女の子ばかりだから、どうしてもお喋りが中心になっちゃうし。でも、体を動かせるものがあれば、人見知りな子も、元気な子も、みんな自然に輪に入れるじゃない?」
図星だった。
いや、僕自身、そこまで深く考えていたわけじゃないかもしれない。
でも、心のどこかで、みんなが楽しめるにはどうすればいいか、と考えていたのは事実だ。
優愛は、そんな僕の心を見透かしたように、嬉しそうに続けた。
「私一人だったら、きっと気づけなかった。溢喜が一緒に企画してくれて、本当によかった。ありがとう」
その言葉が、どんな褒め言葉よりも、僕の心に深く響いた。
誰かのために何かを考えて、それが伝わって、喜んでもらえる。
おじいちゃんたちが言っていた「人を照らす道」っていうのは、もしかしたら、こういう小さなことの積み重ねなのかもしれない。
会計を済ませ、二つのレジ袋を片方ずつ持って店を出る。
すっかり暗くなった帰り道。
「なんかさ、俺たち、いいコンビかもな」
僕がぽつりと言うと、優愛は一瞬きょとんとした顔をして、そして、満面の笑みで頷いた。
「うん。最高のパートナー、だね!」
その言葉に、今度は僕が照れる番だった。
家の近くの角で別れる時、優愛が「あ、そうだ」と思い出したように言った。
「おじいちゃんがね、今度のはとこ会の時、溢喜に渡したいものがあるんだって」
「え、僕に? なんだろう」
「さあ? でも、すごく嬉しそうだったよ」
新しい謎を一つ残して、優愛は「じゃあ、また明日ね!」と手を振って家に入っていった。
僕は一人、彼女の言葉を反芻する。
優誓おじいちゃんが、僕に?
まあ、いいか。
今は、今週末のことだけを考えよう。
僕たちの初めての共同作業が、最高の形で実を結ぶ、その瞬間を。
僕は期待に胸を膨らませながら、家路を急いだ。
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