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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第三章 ふたりの特別な時間
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第三十話 僕にできること

昨夜の嵐のような出来事が、まるで遠い夢だったかのように、朝はいつも通りにやってきた。

僕は制服に着替えながら、昨夜のリビングでの光景をぼんやりと思い返していた。


“バラバラになりがちな一族を、一つに束ねられる『器』だ”

“少しだけ、君たちの背中を押してやりたくなったのさ”


おじいちゃんたちの言葉が、頭の中でこだまする。

跡継ぎ問題の本当の意味、そして爽快おじいちゃんからの衝撃の告白。

情報量が多すぎて、まだ頭が完全に追いついていない。

ただ一つ確かなのは、胸の奥にあった重たい霧がすっかり晴れ渡っているということだ。


玄関のドアを開けると、ちょうど同じタイミングで隣の家のドアが開き、優愛が出てきた。


「あ……おはよう、溢喜」

「おはよ、優愛」


ばったりと顔を合わせた僕らは、一瞬、どんな顔をしていいのか分からず、視線を泳がせた。

昨夜の帰り際の甘い雰囲気と、リビングでの緊張感が混ざり合って、少しだけ気まずい。


「……よく眠れた?」

優愛が、先に口を開いた。

「うん、まあ……。優愛は?」

「私も、ぐっすり」


そう言って、彼女はふわりと笑った。

その笑顔にはもう、以前のような無理をしている硬さはなかった。

本当に、心の底から肩の荷が下りたんだろうな、と僕にも分かった。

僕たちは自然と並んで、学校へと歩き出す。

いつもと同じ通学路なのに、見える景色が少しだけ違って見えた。


教室に入ると、僕らの雰囲気がいつもと違うことに、希望が真っ先に気づいた。

「お? なんかお二人さん、昨日と空気変わった? 雨降って地固まる的な?」

「なんだよそれ」

僕がツッコミを入れる横で、優愛はただ「そうかもね」と静かに笑うだけだった。

その余裕のある態度に、希望は「おっと?」と目を丸くしている。


昼休み。

僕はいつものように廊下の窓辺に立って校庭を眺めていた。

すぐに、優愛が隣にやってくる。その一連の流れが、もう僕らの間の暗黙の習慣になっているようだった。


「昨日のこと、まだ夢みたい」

優愛が、ガラス窓に映る自分の顔を見ながらぽつりと言った。

「だよな。僕もまだふわふわしてる」

「でも、なんだかすっきりした。ずっと、私がしっかりしなきゃって、一人で頑張らなきゃって思ってたから」


その横顔は、どこか吹っ切れたように晴れやかだった。

彼女が一人で抱えていた重圧。僕はそのほんの一部しか知らなかったけど、これからは……。


「僕さ、頑張ってみようかなって思う」

思わず、そんな言葉が口をついて出た。

「え?」

「いや、跡継ぎがどうとか、そういう大それたことじゃなくてさ。はとこ会でも、普段の学校でも、俺にできることって何かあるのかなって。……まあ、まずは赤点取らないことからだけど」


冗談めかして笑うと、優愛もくすくすと笑った。

「それ、一番大事かも」

そして、彼女はまっすぐ僕の目を見て言った。


「私も、頑張る。溢喜が隣にいてくれるなら、もっと頑張れる気がする」


その言葉は、どんな応援よりも強く、僕の胸に響いた。

僕が彼女の支えに? いや、違う。僕らは、お互いに支え合っていけばいいんだ。

昨日、おじいちゃんたちが教えてくれたみたいに。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

僕らは並んで教室へと戻った。


放課後の帰り道。

夕焼けが僕たちの影を長く、そして一本に重ねる。

昨日と同じ道、同じ帰り道。でも、僕の心持ちは全く違っていた。


“少しだけ、君たちの背中を押してやりたくなったのさ”


爽快おじいちゃんの言葉が、ふと頭をよぎる。

まったく、とんだお節介だ。年甲斐もなく聞き耳を立てるなんて。


でも、そのお節介がなかったら、僕はまだ一人でぐるぐると悩み続けていたかもしれない。

爽快おじいちゃんは、ただ僕の恋を面白がったんじゃない。

僕の背中を、そっと押してくれたんだ。

優誓おじいちゃんも言っていた。

「まずは優愛ちゃんとデートでもしてこい」って。

だったら、その押してくれた背中に、修行に応えるのが、男として示すべき誠意じゃないのか。


(……感謝くらいは、しといてやるか)


心の中でそう呟いて、隣を歩く優愛の横顔を盗み見る。

彼女も僕に気づいて、にこりと微笑んだ。


そうだ。

僕が今、一番すべきこと。

みんなといる時の笑顔もいい。

でも、僕が本当に守りたいのは、今、僕だけに向けられたこの笑顔だ。

そのためには、僕から動かなきゃダメなんだ。


(よし、決めた)


その笑顔を守るためなら、なんだってできる。

僕は心の中で固く拳を握りしめた。

次のチャンスで、絶対に自分から誘ってみせる。

今は、本気でそう思えた。

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