第二十八話 いつからそんなに優しくなったの?
コンビニの自動ドアが閉まると、ひんやりとした夜の空気が肌を撫でた。
街灯がぽつりぽつりと灯り始め、アスファルトに僕らの影を長く引き伸ばす。
優愛は両手でホットコーヒーを抱え、白い息をふーっと吹きかけてから、ゆっくりと一口飲んだ。
「やっぱり、こういうのって落ち着くね」
湯気越しに見えた彼女の横顔には、今日一日の疲れが溶けていくような穏やかな笑みが浮かんでいた。
その表情に、僕の張り詰めていた気持ちもふわりと緩む。
「それ、まだ熱くない?」
「うん、大丈夫。……さっきはちょっとびっくりしたけど」
優愛は小さく笑って、わざとらしく肩をすくめてみせた。
その仕草が妙に可愛らしくて、不意に心臓が跳ねる。
僕はごまかすように、思わず視線を街灯の光へと向けた。
優愛の家へ向かう道。
二人で並んで歩く帰り道は、朝や昼の喧騒とは違う、特別な時間が流れているようだった。
信号で立ち止まったとき、優愛がふいにこちらを見上げる。
「ねえ、溢喜って、いつからそんなに優しくなったの?」
予想外の言葉に、心臓がどくりと音を立てた。
「……え?」
「この前のはとこ会のときもそうだったし、今日だって……。なんか、昔より頼れる感じする」
不意を突かれた言葉に、喉の奥がつまる。
優しくなった?頼れる?
僕はそんな風に変わったつもりはなかった。
それとも、優愛の前でだけ、そうあろうとしているのだろうか。
どう答えていいのか分からず、僕はただ曖昧に、困ったように笑ってみせた。
「そっか。……それなら、よかった」
優愛はそれ以上追及しなかった。
僕の曖昧な返事にも、どこか満足したようにコーヒーのカップを両手で包み込み、安心した面持ちで視線を前へ向けた。
その横顔に、僕の胸の奥で小さな熱が生まれる。
信号が青に変わる。
僕らはまた歩き出した。
肩が時折触れそうになって、けれど互いに避けようとはしなかった。
優愛の家が近づき、角を曲がったところで、僕は見慣れない車が停まっていることに気づいた。
黒いセダンが、街灯の下で鈍く光っている。
「あれ?誰か来てるのかな?」
優愛が小首を傾げる。
その車の横に立つ人影が二つ、三つ……いや、四つ?
見覚えのあるシルエットが、暗闇の中に浮かび上がった。
「あれって……もしかして」
優愛も同じことに気づいたのか、ハッと息を呑んだ。
その瞬間、ガチャリと音を立てて家の玄関ドアが開く。
「お、優愛おかえり! なんだ、溢喜も一緒か!」
聞き慣れた快活な声は、優愛のおじいちゃんである優誓おじいちゃんのものだった。
そして、その隣には……。
「なんで、うちのおじいちゃんまで……」
僕の祖父である真実おじいちゃんに、爽快おじいちゃん、栄誉おじいちゃんまで、なぜか兄弟揃って玄関に立っている。
どうやら今日の特別な夜は、まだ始まったばかりのようだった。




