第二十三話 雨上がりの約束
「結局、なんでこうなったんだよ」
僕の狭い部屋に、はとこの美褒と優愛、二人がいる。
「だってしょうがないじゃん。急に雨降ってきたんだもん」
僕が渡したタオルを首に巻き、濡れた髪を拭きながら美褒が言った。
「とにかく、ここにいられると困るんだよ。床も濡れちゃうし」
「それはもう、どうしようもないでしょ?」
優愛が冷静に返す。
……確かにそうだ。
本当に突然の土砂降りだった。傘を持っていなかった僕たちは近くのコンビニで雨宿りしていた。そこで美褒と合流して、結局僕の家に避難することになったのだ。
「ていうか、狭っ。溢喜って、こんな部屋で生活してんの?」
美褒が部屋を見渡す。
「三人同時に入る想定してないんだって」
「それは分かるけど、クッションもないし、観葉植物もないし、癒しゼロじゃん」
「癒しって……」
やりとりの横で、優愛は黙って部屋の隅に座り、濡れた髪をタオルで拭いていた。
その仕草が妙に静かで、僕は目がいってしまう。
「優愛、寒くない?」
「ううん、大丈夫。……でも、ちょっと足が冷たいかも」
「じゃあバスタオル出すよ」
タンスからバスタオルを取り出して渡すと、優愛は小さく「ありがとう」と言った。
その声は、雨音よりも静かに響いた。
ついでに、タオルをもう一枚持ってきて彼女に差し出す。
「このタオルも使って」
「……ありがと」
優愛は少し目を伏せて受け取った。
その瞬間、胸の奥がざわついた。
服が濡れているのに気づき、慌てて視線を逸らした。
「ねえねえ、せっかくだし、なんか話そっか」
美褒が唐突に切り出す。
「話すって、何を」
「ほら、おじいちゃんのメッセージのこと。はとこだけで話し合うってやつ」
その言葉で、空気が少し変わった。
優愛がバスタオルを肩に掛けながら、僕をちらりと見て言った。
「……そうね。何もしないよりかはマシかも」
頷きながらも、内心落ち着かない。
狭い部屋に女の子二人。
しかも、優愛が隣にいる。
いや、別に何か期待してるわけじゃない。
ただ、男子的にはこういう状況って少しだけ……な。
「溢喜、顔赤いよ?」
美褒がニヤつきながら言う。
「え、いや、暑いだけ。湿気すごいし……」
「ふーん。そういうことにしとく」
優愛は何も言わず、バスタオルの端を指先でいじっていた。
その仕草が、また静かで目を奪われた。
そこから僕たちは、はとこ会(?)の打ち合わせを始めた。
おじいちゃんのメッセージを読み返し、行き先や話す内容をどうするか――。
美褒が提案し、優愛がまとめ、僕は時々意見を挟む。
気づけば、部屋の狭さも雨音も気にならなくなっていた。
「じゃあ、日程は今週末の土曜日でいい?」
優愛が確認する。
「私は空いてる」
美褒が手を挙げる。
「僕も大丈夫」
そう答えて窓の外を見ると、雨はいつの間にか止んでいた。
雲の切れ間から夕焼けが覗いている。
「……止んだね」
優愛がつぶやいた。
「ほんとだ。帰れるじゃん!」
美褒は立ち上がると、そそくさと部屋を出ていった。
優愛もきっと一緒に行くだろう。
そう思っていたが……。
「……もう少しだけ、ここにいてもいい?」
優愛が、少し控えめに言った。
僕は一瞬驚いたけど、ただ「うん」とだけ答えた。
優愛はほっとしたように微笑むと、僕の隣にそっと腰を下ろした。
バスタオルに包まれた肩が、少しだけ僕の腕に触れる。
その温もりが伝わってきて、胸がドキッとした。
「……溢喜ってさ、案外優しいんだよね」
小さな声でそう言うと、優愛は視線を外し、窓の夕焼けを見つめた。
「べ、別に普通だよ……」
わざとそっけなく返すと、彼女はくすっと笑った。
その笑顔がやけに近くて、心臓が落ち着かない。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……ありがと。今日は助かった」
そう呟く優愛の声は、雨上がりの空気みたいに澄んでいて、僕の中に静かに響いた。
――気づけば、夕焼けの色が部屋いっぱいに広がっていた。




