第百八十九話 両手いっぱいの紙袋、半分この肉まん
「……重い」
駅からの帰り道。
僕は両手に、数種類のブランドロゴが入った紙袋を提げて歩いていた。
中身は、今日一日かけて厳選された僕の服と、優愛の服、そして「安かったから!」と追加で購入された雑貨類だ。
指に食い込む紙紐の感触が、今日の激戦を物語っている。
「頑張れー、私のヒーロー! お家まであと少しだよ!」
隣を歩く優愛は、自分の小さなバッグひとつだけで、スキップせんばかりの軽やかさだ。
ひどい扱いだとは思うけれど、彼女が機嫌よく鼻歌を歌っているのを見ると、不思議と文句を言う気にはなれない。
夕暮れの寒空の下、僕たちの白い息が空に溶けていく。
「ねえ、溢喜。ちょっと休憩しない?」
優愛が立ち止まったのは、帰り道にあるコンビニの前だった。
「休憩って、もうすぐ家だぞ?」
「小腹が空いちゃったの。買い物でエネルギー使い果たしたし」
「……まあ、確かに」
僕もお昼に食べたオムライスはとっくに消化されていた。
荷物持ちの労働には、カロリー補給が必要だ。
「私、肉まん買ってくる! 溢喜はそこのベンチで待ってて!」
優愛は僕を店先のベンチに座らせると、風のように店内へと消えていった。
僕はドサリと荷物を足元に置き、冷たくなった手をこすり合わせた。
空を見上げると、一番星が光っている。
お正月二日目も、もうすぐ終わる。
「お待たせー! 熱々だよ!」
数分後、優愛が湯気の立つ白い包みを二つ持って戻ってきた。
「はい、溢喜の分。ピザまんにしてみた」
「お、ナイスチョイス。ありがとう」
僕は受け取ろうと手を伸ばしたが、優愛が「あっ」と声を上げて手を引っ込めた。
「ダメダメ。溢喜の手、冷たいでしょ? 荷物持っててかじかんでるだろうし」
「え? いや、でも食べないと……」
「だから、私が食べさせてあげる!」
優愛は隣に座ると、ピザまんの敷紙を器用に剥がし、ふぅふぅと息を吹きかけた。
オレンジ色の具が見え、チーズのいい香りが漂ってくる。
「はい、あーん」
「……ここ、コンビニの前だぞ? 人通りもあるし」
「いいの! 手が冷たいんでしょ? ほら、早くしないと冷めちゃうよ?」
優愛がこれ以上ないほどの笑顔で迫ってくる。
拒否権はないらしい。
僕は観念して、少しだけ口を開けた。
「……あーん」
優愛がちぎったピザまんを、僕の口に放り込む。
熱々の生地と、トロリとしたチーズ、そしてトマトソースの酸味が広がる。
「……美味い」
「でしょ? コンビニの肉まんって、冬の外で食べると最強だよね」
優愛も自分の肉まんをハフハフと言いながら頬張っている。
寒空の下、ベンチに並んで座る二人。
足元には大量の買い物袋。
おしゃれなディナーではないけれど、こういう時間が一番記憶に残るのかもしれない。
「ねえ、溢喜」
「ん?」
「今日買った服さ、旅行の初日に着てきてね」
「ああ。優愛が選んでくれたやつだしな」
「うん。……私も、溢喜が『こっちがいい』って言ったスカート、履いていくから」
優愛が照れくさそうに俯く。
そういえば、試着室から出てきた優愛があまりに可愛くて、思わず「それ絶対似合う」と即答した服があった。
「楽しみにしてる。……絶対可愛いよ」
「も、もう! ハードル上げないでよ!」
優愛が顔を赤くして、僕の肩をペシッと叩く。
その拍子に、彼女が持っていた肉まんの残りがこぼれそうになり、二人で慌ててキャッチした。
「あはは! 危なかったー!」
「気をつけてくれよ。大事なエネルギー源なんだから」
笑い合う声が、夜の住宅街に響く。
最後のひと口を食べ終え、温かいお茶で喉を潤すと、体の中から力が湧いてきた。
「よし、充電完了! 帰るか」
「うん! 荷物、半分持つよ?」
「いいよ。食べた分だけ力ついたから」
僕は再び荷物を持ち上げ、優愛と並んで歩き出した。
家までの数分間。
また明日も会えるのに、別れるのが少しだけ惜しい夜だった。




