第百八十八話 初売りの戦場、コーディネートは彼女にお任せ
翌朝、一月二日。
元旦の厳かな空気とは打って変わって、テレビでは朝からお笑い番組の再放送や、デパートの初売り中継が流れている。
僕もコタツで餅をかじりながら、箱根駅伝をぼんやりと眺めていた。
平和だ。このまま三が日はコタツの住人として生涯を終えるのも悪くない。
そう思っていた矢先、スマホが震えた。
『溢喜! 起きてる?』
『今すぐ準備して! 十時に駅前集合ね!』
有無を言わせぬメッセージ。
優愛からだ。
嫌な予感(主に体力を使いそうな予感)がして、僕は恐る恐る返信した。
『起きてるけど……どこ行くんだ?』
『決まってるでしょ? 「初売り」だよ!』
『……やっぱりか』
優愛はおしゃれ好きだ。一月二日の初売りセールを見逃すはずがない。
しかも、今回は「スキー旅行」という一大イベントが控えている。
新しい服や小物を調達するには、絶好のタイミングなのだ。
「……行くか」
僕は重い腰を上げ(コタツから出るのには相当な意志力が必要だ)、着替えを済ませて家を出た。
駅前のショッピングモールは、まさに戦場だった。
福袋を求める長蛇の列、タイムセールを叫ぶ店員さんの声、そして熱気に満ちた客たちの波。
昨日の神社の比ではない。ここでは「物欲」という名のエネルギーが渦巻いている。
「あ、溢喜! こっちこっち!」
人混みの中で、優愛が手を振っていた。
今日は動きやすさ重視のパンツスタイルに、ベージュのコート。髪はポニーテールにして気合十分だ。
「おはよう。すごい人だな」
「でしょ? でも、これに勝たないといい物は手に入らないの! ほら、行くよ!」
優愛は僕の手をガシッと掴むと、迷うことなくメンズファッションのフロアへと進んでいった。
「え、メンズ? 優愛の服じゃないのか?」
「私のと、溢喜のも買うの! スキー旅行で着る服、かっこいいの見繕ってあげるから」
優愛の目がキランと光る。
どうやら今日の僕は、荷物持ち兼、彼女の着せ替え人形になる運命らしい。
「いらっしゃいませー! 今なら全品半額ですよー!」
店員さんの声に吸い寄せられるように、優愛はラックにかかった服を次々と物色し始めた。
その手さばきは早い。
生地を触り、デザインを確認し、僕の体に当ててサイズ感をチェックする。
「うん、このニットいいかも。溢喜、青とか紺が多いから、たまにはこういうワインレッドとかどう?」
「派手じゃないか?」
「そんなことないよ! 冬だし、これくらい明るい方が映えるって。あと、このパンツも合わせてみて!」
渡された服の山を抱え、試着室へと押し込まれる。
言われるがままに着替えて、カーテンを開ける。
「……どう?」
優愛が腕を組んで、僕をジロジロと品定めする。
数秒の沈黙の後、彼女はニッコリと親指を立てた。
「うん、合格! めっちゃカッコいい!」
「そ、そうか?」
「絶対似合うと思ってたんだー。これ着てスキー場でホットココアとか飲んでたら、他の女の子が見惚れちゃうかも」
「……見惚れるのは優愛だけで十分だよ」
僕がボソッと言うと、優愛は「えへへ」と嬉しそうに笑った。
「安心して。私が隣で『彼女ですオーラ』全開にして守るから」
結局、優愛が選んでくれたニットとパンツ、それにあったかそうなインナーシャツを購入した。
もちろん、優愛の服選びにも付き合った。
「どっちが可愛い?」と聞かれて「どっちも」と答えて怒られ、真剣に選んで「こっち」と答えると「やっぱり溢喜は分かってる!」と褒められる。
そんな定番のやり取りを繰り返しながら、僕たちの両手にはショッピングバッグが増えていった。
「ふぅ……買いすぎたかな」
「でも、いい買い物できたね! これで旅行の準備もバッチリ!」
ベンチで休憩しながら、戦利品を眺める。
人混みに酔いそうだったけれど、隣で満足そうに笑う優愛を見ていると、来てよかったと思える。
初売りの熱気の中で、僕たちの冬休みは賑やかに過ぎていった。




