第百八十七話 束の中のサプライズ、直筆のラブレター
「ふぅ……極楽」
お風呂から上がり、冷蔵庫で冷やしておいたコーヒー牛乳(甘め)を一気に飲み干す。
火照った体に冷たい液体が染み渡り、今日一日の緊張と疲れが溶けていくようだ。
時計を見ると、時刻は二十時を回っていた。
光道家での宴会でお腹いっぱい食べたせいで、まだ空腹感はない。
リビングでは、両親がコタツでみかんを食べながら、特番のバラエティ番組を見て笑っている。
「あ、そうだ溢喜。あんたに年賀状来てたわよ」
母さんがテーブルの端にあるハガキの束を指差した。
そういえば、朝はバタバタしていて郵便受けを見る余裕もなかった。
「サンキュ」
僕はハガキの束を手に取り、ソファーに座って一枚ずつ確認し始めた。
クラスメイトからの義理堅い挨拶、塾からの勧誘、そして……。
「……なんだこれ」
思わず手が止まった一枚。
黒い筆ペンで、紙面いっぱいに力強く『爆発』と書かれた、前衛的すぎる年賀状。
差出人は、もちろん希望だ。
「あいつ、新年早々何を爆発させる気だよ……」
余白には小さく『リア充は爆発しろ(お前のことだ)』と添え書きがあった。
どうやら、僕と優愛の幸せに対する嫉妬の炎を、芸術(?)に昇華させたらしい。
苦笑いしながら、次の一枚へ。
パステルカラーの可愛らしい文字で『あけましておめでとう! 今年も二人を見守らせてね♡』と書かれた、美褒からの年賀状。
癒やされる。希望の『爆発』で荒んだ心が浄化されていくようだ。
そして、その下から出てきた一枚を見て、僕の心臓がトクリと跳ねた。
可愛らしいウマのイラスト(手描き)と、丁寧なペン字。
差出人の名前は、『海波優愛』。
「……え、優愛から?」
毎日会っているし、メッセージのやり取りもしょっちゅうしている。
昨日だって一緒に年賀状作りをしていたのに、いつの間に書いたんだろう。
僕は少しドキドキしながら、そのハガキの文面を目で追った。
『あけましておめでとう!
去年は、溢喜のおかげで本当に幸せな一年でした。
幼馴染から、パートナーへ。
関係は変わったけど、溢喜が私の一番大切な人だっていうことは、ずっと変わりません。
今年も、たくさん思い出作ろうね。
大好きだよ。
優愛より』
「……」
短い文章の中に込められた、直球の想い。
スマホの画面で見る文字とは違う、彼女の体温が乗ったようなインクの文字が、胸に熱く響く。
「大好きだよ」の文字が、なんだか照れくさそうで、少し字が震えているようにも見える。
「……参ったな」
ニヤけそうになる顔を、コーヒー牛乳の瓶で隠す。
まさか、年賀状でこんな不意打ちを食らうとは。
僕も書けばよかった。
いや、今からでも遅くはないか? 寒中見舞い? いや、それは違うか。
ピコン。
タイミングを見計らったように、スマホが鳴った。
『年賀状、見てくれた?』
優愛からだ。
きっと、僕がお風呂から上がって年賀状を見るタイミングを予測していたのだろう。
さすが、付き合いの長い幼馴染だ。
『見たよ。……びっくりした』
『えへへ、サプライズ成功!』
『希望の「爆発」のあとに見たから、ギャップで死ぬかと思った』
『あはは! 希望くんらしいね』
スタンプが送られてくる。
僕は少し迷ってから、文字を打ち込んだ。
『ありがとう。僕も、優愛が一番大切だ』
『手書きじゃないのが悔しいけど、気持ちは同じだから』
送信ボタンを押す。
既読がつくまでの数秒間が、やけに長く感じる。
すぐに既読になり、入力中のマークが表示され……そして。
『……うん。届いたよ』
『私も、今の文字、スクショして保存したもん』
保存したのかよ。
画面の向こうで、顔を赤くしてスマホを抱きしめている優愛の姿が目に浮かぶ。
「……ごちそうさま」
物理的な甘いもの(コーヒー牛乳)と、精神的な甘いもの(優愛からの愛)。
二つの糖分を過剰摂取した僕は、ソファーに深く沈み込んだ。
元旦の夜は、文字通り「お腹いっぱい」で更けていく。




