第百八十三話 五十畳の宴と、分厚すぎるポチ袋
通されたのは、五十畳はあるんじゃないかという大広間だった。
正面には立派な床の間があり、掛け軸には力強い筆致で『飛翔』と書かれている。部屋の中央には長いローテーブルが置かれ、その上には目を見張るような豪華絢爛なお節料理や、巨大な舟盛りが所狭しと並べられていた。
「さあ、座れ座れ! 溢喜、優愛! 俺の横に来い!」
優誓おじいちゃんが、上座のすぐ隣、一番いい席をバンバンと叩いて指し示す。相変わらずこの人だけは、シラフでも声が大きいし、エネルギーが溢れている。
「改めて、あけましておめでとうおめでとうございます」
「今年も、よろしくお願いします」
僕と優愛が揃って頭を下げる。
以前のようなガチガチの緊張感はない。今の僕らにとって、彼らは偉大な総帥たちであると同時に、ちょっと面倒くさいけれど温かいおじいちゃんたちだ。
「おう! おめでとう! 二人とも、よく来てくれたな!」
優誓おじいちゃんが破顔する。
他の三人の祖父たち――真実おじいちゃん、爽快おじいちゃん、栄誉おじいちゃんも、孫たちの晴れ姿に目を細めていた。
「優愛の振袖、見事だぞ。俺が選んだ甲斐があったな!」
「ふふ、ありがとうおじいちゃん。すごく気に入ってるよ」
「そうかそうか! よし、今日は無礼講だ! 堅苦しいのはナシで、食って飲もう!」
優誓おじいちゃんの号令と共に、仲居さんたちが次々と日本酒やビールを運んでくる。
ここからが、光道家新年会の本番だった。
「ほれ、真実。お前も飲め飲め!」
「おお、すまん兄さん。……プハァ! 新年の酒は美味い!」
僕の祖父である真実おじいちゃんが、ビールを一気に飲み干す。
すると、みるみるうちに顔が赤くなり、さっきまでの穏やかな表情が崩れていく。
「溢喜! お前も飲まんか! ……あ、未成年か! ガハハ! 早く大きくなって、ワシと付き合え!」
「……じいちゃん、ペース早すぎない? 水も飲んでよ?」
普段は冷静な爽快おじいちゃんや栄誉おじいちゃんも、お酒が進むにつれて声のボリュームが上がっていく。
「おい栄誉、そのアワビは俺が狙っておったんじゃ!」
「早い者勝ちだ兄さん! ほら、優愛ちゃんも食べなさい。遠慮はいらんぞ!」
もはやただの賑やかな親戚の宴会だ。
高級食材が飛び交う中、僕たちも遠慮なく箸を伸ばす。
「美味しい……! この数の子、プチプチ感が違う!」
「だろう? 優愛のために、北海道から取り寄せた特級品だ!」
優誓おじいちゃんがデレデレになりながら、さらに料理を勧めてくる。
一通り食事が進み、全員がいい気分になってきた頃、爽快おじいちゃんが赤ら顔でニヤリと笑った。
「さて、二人とも。正月といえば、これを楽しみにしているんじゃないか?」
取り出されたのは、色鮮やかなポチ袋。ただし、その厚みが尋常ではない。物理的に膨らんでいる。
「ほれ、ワシからのお年玉だ。とっとけ」
「えっ、こんなに? ありがとう、爽快おじいちゃん」
僕が受け取ると、横から完全に出来上がった栄誉おじいちゃんも、別のポチ袋を出してきた。
「遠慮するなー! これは『活動資金』だ! 二人で美味いもん食うなり、旅行に行くなり好きに使え!」
「俺からもだ! 優愛、これで好きなもん買えよ!」
「溢喜、これはワシからだ! 参考書代にするか、デート代にするかは任せるぞ! ガハハ!」
次々と目の前に積み上げられるポチ袋の山。
高校生が手にしていい金額なのか少し不安になるが、ここで断るのも野暮というものだ。
「ありがとう。大切に使うよ」
「ありがとうございます!」
僕たちが笑顔でお礼を言うと、優誓おじいちゃんが真剣な顔で身を乗り出してきた。
「礼には及ばん。だがな、溢喜」
「なに?」
「その金は、決して無駄遣いするなよ。特に……」
優誓おじいちゃんが一度言葉を切り、僕と優愛を交互に見て、ニヤリと笑った。
「二人の『将来』のための貯金に回すなら、俺たちは大歓迎だぞ?」
「しょ、将来……!?」
「そうだ。具体的には、結婚式の費用とかな!」
ドッと沸く酔っ払い老人たち。優愛が「もう、おじいちゃん!」と顔を真っ赤にして抗議するが、その表情は満更でもなさそうだ。
「……気が早すぎるって」
僕が苦笑いで返すと、酔っ払って上機嫌の真実おじいちゃんが、僕の背中をバンと叩いた。
「早くないわい! お前ら、昨日も商店街で『夫婦』に間違えられたそうじゃないか!」
「なっ……なんでそれを!?」
「ガハハ! ワシらの情報網を侮るなよ? 商店街会長はワシの飲み友達じゃ!」
どうやら、商店街のネットワークから情報が漏れていたらしい。恐るべし、地元の繋がり。
赤面する僕たちを肴に、祖父たちの宴はますますヒートアップしていった。




