第百八十話 元旦の雑煮と、背筋が伸びる朝
数時間の仮眠から目覚めると、カーテンの隙間から眩しいほどの光が差し込んでいた。
「……ん、まぶし……」
目をこすりながら体を起こす。枕元の時計は午前九時を指していた。
昨夜(というか早朝)に帰宅したのが一時過ぎだったから、少し寝不足だ。けれど、不思議と頭は冴えている。
「あけまして、おめでとうございます……っと」
誰もいない部屋で、一人ごちる。
今日から新しい年。そして、僕にとっては勝負の一日が始まる。
今日は午後から、優愛と一緒に光道家へ新年の挨拶に行くことになっているのだ。
光道家の四兄弟が揃い踏みする場だ。気を引き締めなければならない。
顔を洗い、着替えてリビングへと降りる。
部屋の中は、お出汁のいい香りで満たされていた。
「おはよう、溢喜。そして、あけましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしく」
リビングでは、すでに父さんと母さんがコタツに入ってくつろいでいた。
テーブルの上には、昨日優愛と一緒に詰めたお節料理と、湯気を立てるお雑煮。
「ほら、座りなさい。今年のお雑煮は、いい鶏肉が入ってるわよ」
母さんがお椀をよそってくれる。
透き通ったすまし汁に、焼いた角餅、鶏肉、小松菜、そして紅白のカマボコ。
「いただきます」
熱々の汁を一口すする。
カツオと昆布の出汁が体に染み渡り、昨夜の寒さで強張った体が内側から解けていくようだ。
餅をかじると、香ばしい香りと共に、もち米の甘みが広がる。
「うまい。……正月って感じがするな」
「だろ? 日本人はやっぱこれだよな」
父さんが日本酒をちびりとやりながら頷く。
平和な元旦の朝だ。
しかし、僕にはまだ「任務」が残っている。
「溢喜、挨拶に行くのは何時だっけ?」
「十三時に、迎えの車が来るって」
「そうか。優愛ちゃんの振袖姿、楽しみだな」
「……母さんも見たかったわぁ。写真、いっぱい撮ってきてね?」
「分かってるよ。……さて、準備するか」
お雑煮を食べ終えると、僕は再び自室に戻り、クローゼットを開けた。
取り出したのは、ダークネイビーのスーツだ。
高校生なら制服でもいいと言われたけれど、今回は「光道グループの次世代」として挨拶に行く意味合いも強い。
優誓おじいちゃんに恥をかかせないためにも、身だしなみは完璧にしておきたかった。
袖を通し、ネクタイを締める。
鏡の前に立つと、いつもの自分より少しだけ大人びて見えた。
「……よし」
髪型を整え、深呼吸をする。
緊張がないと言えば嘘になる。
けれど、隣には「最高のパートナー」がいるはずだ。
時計の針は、正午を回ろうとしていた。
窓の外を見る。
隣の家の前に、見覚えのある黒塗りの高級セダンが静かに滑り込んできたのが見えた。
お迎えの到着だ。
いよいよだ。
僕はコートに袖を通し、期待と緊張を胸に、部屋を出た。




