第十八話 昨日の恩返し
何とか優愛のおかげで、今日、学校に来ることができた。
けれど、教室に優愛の姿はなかった。
いつものように叱られない教室は、少しだけ寂しい。
「お!そんなに優愛の席チラチラ見て、何考えてるんだ?」
希望が茶化すように話しかけてくる。
「いや、ただちょっと……」
僕は言葉を濁して答える。
「ゆーちゃんだったら、今日休みだよ。なんか熱が出たって聞いたよ」
美褒も会話に加わる。
熱……。
もしかして、僕がうつしてしまったのか。昨日、ずっと看病させてしまったせいで。
放課後、少し不安を抱えながらも、僕は優愛の家へと向かった。
玄関の前で立ち止まり、深呼吸して呼び鈴を押す。
“ピーンポーン”
少し弱々しい声が返ってくる。
「はーい」
ドアがゆっくり開く。
「あれ、溢喜?学校帰り?」
優愛の声に、思わずほっとする。
「……あ、あの、熱、大丈夫?」
僕が尋ねると、優愛は軽く首をかきながら微笑む。
「うん、だいぶ良くなった。でも、まだちょっとだるいかな」
その言葉の通り、優愛は少しふらついて僕の方に寄りかかる。
「危ない!」
反射的に腕を差し伸べ、彼女を支える。
触れた手は、ほんのり温かく、でも少し熱を持っていた。
「……ごめん」
優愛は少し顔を赤らめて、微笑むように言った。
「お父さんは仕事で、お母さんも病院に連れてってから出勤したの」
独りぼっちだったのか……。
昨日の自分の姿が頭に浮かぶ。
そうだ、今度は僕が支える番だ。
「じゃあ……今日は、僕が看病するよ」
思わず口にした言葉に、優愛は少し目を見開く。
「……ありがとう」
その言葉に、僕は静かに頷いた。
優愛を支えながら、彼女の部屋まで歩く。
何度も来たことのある場所なのに、今日は少しだけ空気が違って、どこか緊張する。
部屋に入ると、優愛はベッドにふらりと腰を下ろした。
「座ってて。飲み物、何か持ってくるね」
僕はそう言うと、キッチンへ向かう。
温かいお茶を入れ、ほかにも冷えピタや体温計などを持っていく。
……ほかの人の家なのに、どこに何があるか把握している自分に、少し驚く。
僕は優愛の部屋に戻り、温かいお茶を差し出す。
「少しずつ飲んで。無理しないでね」
優愛は頷き、ゆっくりと湯気の立つカップを手に取る。
その横顔を見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「昨日は……本当にありがとう」
僕が言うと、優愛は静かに笑った。
「どういたしまして。……でも、もう風邪でもなんでも、人にうつさないようにね?」
「.......すいませんでした」
僕はしばらくその場に立ち、優愛が少しずつお茶を飲む様子を静かに見守った。
外の空はだんだん暗くなり、窓越しに差し込む夕暮れの光が、部屋の中を柔らかく染めていく。
二人の呼吸と微かな動きだけが、静かに時間を刻む。
昨日の自分と比べて、少しだけ互いに頼れる関係になれたような気がした。




