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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
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第百七十九話 静寂の帰路、ポケットの中の体温

神社の鳥居をくぐり抜け、参道の賑わいが背中側へと遠ざかっていく。

あれほど響いていた太鼓の音や人々の笑い声も、角を一つ曲がるたびに小さくなり、やがて冬の夜特有の静寂が世界を支配し始めた。


空からは、まだチラチラと雪が降り続いている。

街灯に照らされた雪の結晶が、キラキラと光りながらアスファルトに消えていく。


「……静かだね」


優愛がマフラーに顔を埋めたまま、白く染まった道を見つめて呟く。


「さっきまでの騒ぎが嘘みたいだな」


「うん。でも、祭りの後のこういう静けさも、嫌いじゃないな。……溢喜と一緒なら」


優愛が体を寄せてくる。

ダウンジャケットとロングコートが擦れる音が、雪を踏む足音に混じる。


「寒いか?」


「ううん。溢喜とくっついてるから平気」


そう言いながらも、優愛は僕の左腕に自分の右腕を回し、そのまま僕のダウンのポケットに手を入れてきた。

行きと同じスタイル。

けれど、新年を迎えた今、その意味合いは少しだけ違う気がする。

ただ寒さを凌ぐためだけじゃない。

これからもこうして、お互いの体温を分け合いながら歩んでいくんだという、無言の意思表示。


「……溢喜の手、おっきいね」


ポケットの中で、優愛の指が僕の指の間をすり抜け、ぎゅっと恋人繋ぎになる。


「優愛の手は、かじかんでるな」


「だーって、お願い事するのに必死だったんだもん」


「あんなに長く祈ってれば、冷たくもなるよ」


「むぅ。誰のためだと思ってるの」


優愛がポケットの中で僕の手をツネる。痛くはない。むしろ愛おしい。


「……なあ」


「ん?」


「今年最初の帰り道だな」


僕が何気なく言うと、優愛はパッと顔を上げて嬉しそうに笑った。


「そうだね! 今年最初の帰り道で、今年最初の手繋ぎデート!」


「さっき甘酒飲んだから、今年最初の乾杯も済ませたしな」


「おみくじで大吉引いたから、今年最初の運試しもバッチリ!」


指折り数えるように「今年最初」を挙げていく優愛。

新しい年が始まったばかりのこの数時間は、何をするにも「初めて」がつく特別な時間だ。


そこでふと、大事な予定を思い出した。


「そういえば、ひと眠りしたら、すぐに光道家に挨拶に行かなきゃだよな?」


僕の言葉に、優愛もハッとしたように頷いた。


「あ、そうだった……! ってことは、あと数時間後には振袖着なきゃだ」


「振袖?」


僕が聞き返すと、優愛は少し得意げに胸を張った。


「そうだよ。お母さんが張り切って用意してくれたの。……楽しみ?」


上目遣いで聞いてくる彼女の意図は明白だ。

「楽しみにしててね」と言外に言っている。


「……ああ。すごく楽しみだ。絶対似合うと思う」


「ふふ、言ったね? 惚れ直させてあげるから、覚悟しててよね!」


そんな他愛もない会話をしているうちに、見慣れた二軒の家が見えてきた。

僕の家と、優愛の家。

どちらも明かりは消えていて、両親たちはもう夢の中だろう。


「……着いちゃった」


家の前の電柱の下で、優愛が足を止める。

繋いだ手を離したくない。

その気持ちは、僕も同じだった。


「もう一時過ぎだ。早く寝ないと、明日の挨拶に響くぞ」


「分かってるけどぉ……」


優愛は名残惜しそうに、ポケットからゆっくりと手を抜いた。

急に冷たい空気が入り込んできて、掌が寂しさを訴える。


「……じゃあね、溢喜。また数時間後に」


「ああ。おやすみ、優愛」


「おやすみ。……いい初夢を見てね」


優愛は背伸びをして、僕の頬に軽くキスをすると、逃げるように自分の家の玄関へと駆けていった。

ガチャリ、とドアが閉まる音。

静寂が戻った家の前で、僕は頬に残る感触を確かめるように手で触れた。


「……初夢か」


きっと、夢を見るまでもない。

目が覚めれば、また最高の現実が待っているのだから。

僕は軽い足取りで自宅のドアを開け、新しい年最初の夜を締めくくった。

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