第百七十八話 白い湯気と、繋がる未来
おみくじを結び終えた僕たちは、境内の休憩所へと向かった。
小さなテントの下には、温かい甘酒を求める人々の列ができていた。
焚き火の熱気も手伝って、体はすっかり温まっているけれど、キンと冷えた夜空の下で飲む甘酒は格別だろう。
「わぁ、美味しそう!」
優愛が目を輝かせながら、湯気が立ち上る甘酒の鍋を見つめる。
甘い香りが、僕たちの周りにも漂ってきた。
「一杯ずつください」
温かい甘酒を受け取り、僕たちは人混みを避けて、境内の端にある石段に腰を下ろした。
白い陶器のカップからは、ホカホカと湯気が立ち上っている。
「いただきまーす」
優愛が小さく口をつけ、ふぅ、と息を吐く。
「ん~、美味しい! 体があったまるね」
僕も一口飲む。
麹の優しい甘さが口いっぱいに広がり、冷えた体にじんわりと染み渡っていく。
この甘さは、僕が普段飲む甘いカフェオレに通じるものがある。
「なあ、優愛」
「ん?」
「今年は、どんな年にしたい?」
白い湯気の向こうで、優愛が僕の方を見てくる。
「どんな年、か……。そうだな。もっと、溢喜と色々なところに行きたいな」
優愛は楽しそうに、今年の抱負を語り始めた。
スキー旅行のこと、春になったらどこに行きたいか、夏休みは何をしようか。
その瞳はキラキラと輝いていて、僕の心まで明るくしていく。
「あとね、もっと、もっと強くなりたい」
優愛の言葉に、僕は少し驚いた。
彼女は元々、芯が強くて、僕を引っ張っていってくれるような子だ。
これ以上強くなりたい、というのは意外だった。
「優愛は十分強いだろ? 僕なんか、いつも優愛に頼りっぱなしだし」
「違うの。溢喜の隣に立つパートナーとして、もっと強くならなきゃって。光道家のこととか、溢喜がこれから背負っていくもののこととか、私ももっと理解して、支えられるようになりたいの」
優愛が真剣な眼差しで僕を見つめる。
その言葉には、ただの「恋人」という関係を超えた、深い信頼と覚悟が込められていた。
「……そっか」
僕たちは光道家の五人目の兄弟、颯喜の事故を乗り越え、一族の和解を成功させた。
そして今、僕たちはその光道グループの未来を託されている。
それは、決して軽い道のりではない。
けれど、優愛がこうして僕の隣にいてくれるなら、どんな困難も乗り越えられる。
「大丈夫だよ、優愛。僕は一人じゃない。優愛が隣にいてくれるなら、どんなこともできる」
僕が言うと、優愛は少し照れくさそうに俯いた。
「……もう、溢喜ったら。急にカッコいいこと言うんだから」
「本当のことだろ」
「ふふ、ありがとう。……私も、溢喜の隣で、ずっと笑っていたいな」
優愛がカップを置いて、冷えた僕の指をそっと握った。
甘酒で温まった指先が、じんわりと僕の心にも温もりを伝えてくれる。
「ねえ、溢喜」
「ん?」
「来年も、再来年も、こうして一緒に初詣に来て、甘酒飲んで、目標を語り合いたいな」
「……ああ。そうだな。何十年後も、隣にいるのは優愛で、僕の抱負は『優愛とずっと幸せでいること』って言ってると思う」
「も、もう! 溢喜!」
優愛が真っ赤な顔で、僕の肩を軽く叩く。
そんな彼女の反応が、たまらなく愛おしい。
時計を見ると、もう午前一時を回っていた。
境内の人影も、少しずつ減ってきている。
「そろそろ、帰るか」
「うん。……でも、帰りたくないな」
優愛が僕の指をきゅっと握り返す。
元旦の夜は、まだ終わらない。
僕たちは、甘酒の余韻と、新しい一年への期待を胸に、神社を後にした。




