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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
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第百六十九話 ベランダ越しの夜風、届かない数メートル

窓を開けると、身を切るような冬の夜風が吹き込んできた。

僕は慌てて厚手の上着を羽織り、ベランダへと出る。

隣の家のベランダには、すでに人影があった。

闇に目が慣れると、モコモコのルームウェアの上からダウンジャケットを羽織り、マフラーをぐるぐる巻きにした優愛の姿が見えた。


「……よう」


「あ、溢喜。……寒っ」


白い息を吐きながら、優愛が小さく笑う。

一日ぶりに見るその顔。

ただそれだけのことなのに、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、懐かしいような、不思議な感覚に襲われた。

距離にして数メートル。

声は届くけれど、手は届かない。その距離が、今日はやけに遠く感じる。


「ごめんな。今日は、なんか連絡しなくて」


僕は手すりに寄りかかりながら、一番気になっていたことを口にした。


「ううん。私も、大掃除でスマホ見る暇もなかったし。……でも、溢喜の方から連絡ないの、珍しいなって思ってた」


優愛が手すりに頬杖をつき、少しだけ首を傾げる。

その瞳が、街灯の光を反射してキラキラと揺れている。


「いや、その……希望に言われたんだよ。『家族サービスの時間も作ってやれ』って。お義父さん、僕ばっかり優愛を独占してると、寂しがるんじゃないかって」


僕が正直に話すと、優愛はきょとんとした顔をして、それから「ふふっ」と吹き出した。


「なによそれ。希望くん、変なところに気が利くんだね」


「まあな。図星だったか?」


「……うん、まあね。お父さん、今日は一日中ニコニコしてて、張り切ってお風呂掃除とかしてたよ。『優愛、手伝ってくれるか!』って」


「そっか。じゃあ、正解だったな」


よかった。

僕の我慢は、無駄じゃなかった。優愛が家族といい時間を過ごせたなら、それが一番だ。

そう思って納得しようとした時、優愛がぽつりと呟いた。


「でもね……ちょっとだけ、寂しかった」


「え?」


「お父さんたちといるのも楽しかったけど……ふとした時に、スマホ見ちゃったりして。『溢喜、何してるかな』って」


優愛が、手すりから身を乗り出すようにして、僕の方へ手を伸ばす。

けれど、その指先は虚空を掴むだけだ。

僕らの間には、冷たい夜風と、飛び越えられない隙間がある。


「……僕もだよ。一日中、優愛のことばっかり考えてた。何してても、上の空で」


僕も同じように手を伸ばしてみる。

指先と指先が、暗がりの中で向き合う。

触れることはできない。

その事実が、昨日まで当たり前のように隣にいた温もりを、より一層恋しくさせる。


「ねえ、溢喜。明日は大晦日だね」


「ああ。……年越しそば、どうする?」


「お昼に、私が打ちに行くよ! おじいちゃん(優誓)直伝の、手打ちそば!」


「マジで? 楽しみにしてる」


「期待してて! ……ねえ」


優愛が、伸ばしていた手を引っ込め、自分の胸の前でぎゅっと握りしめた。


「充電、完了した?」


「……いや。まだ、半分くらいかな」


僕が正直に答えると、優愛はふわりと笑った。


「そっか。じゃあ、残りは明日、直接会ってチャージしてあげる」


その言葉だけで、体温が一度上がった気がした。

触れられなくても、声と笑顔だけで、こんなにも満たされる。


「じゃあね、溢喜。おやすみ」


「おやすみ、優愛」


彼女が部屋に戻り、窓が閉まるのを見届けてから、僕も自分の部屋へと戻った。

温かい部屋の中。

自分の右手を見つめる。

そこには何も残っていないけれど、明日の約束という確かな温もりが、僕の胸に残っていた。


空白の一日は終わった。

明日は大晦日。

一年の締めくくりを、最高の笑顔で迎えられそうだ。

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