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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
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第百六十八話 空白の三十日、近くて遠い隣人

翌朝、十二月三十日。


目が覚めると、スマホの画面を確認する。

通知は、ない。

いつもなら「おはよー! 今日は何する?」なんてメッセージが入っている時間だけれど、今日は静かなものだ。


「……ま、そうだよな」


昨夜の希望の言葉が頭をよぎる。

『たまには「家族サービスの時間」を作ってやるのも、彼氏の余裕ってやつじゃねえ?』

そうだ。今日は三十日。優愛の家だって、お正月の準備で忙しいはずだ。

特に彼女のお父さんは厳格な人だ。年末くらい、娘とゆっくり過ごしたいと思っているに違いない。

そこに僕がのこのこと「遊ぼうぜ」なんて連絡したら、火に油を注ぐようなものだ。


「よし。今日は僕も、家のことをやろう」


スマホをベッドに放り投げ、僕はリビングへと降りた。


「あら溢喜、早いじゃない。珍しい」

「おはよう母さん。何か手伝うことある?」

「ええっ? 熱でもあるの?」


母さんが大げさに驚いて、僕の額に手を当ててくる。失礼な親だ。


「ないよ。暇だから手伝おうかなって思っただけ」

「あらそう。じゃあ、お言葉に甘えて……玄関のしめ縄、飾ってくれる? 昨日、優愛ちゃんと買ってきたやつ」

「了解」


僕は昨日買った紅白のしめ縄の袋を手に取り、玄関へと向かった。

外に出ると、空は突き抜けるような青空だ。

でも、空気は昨日よりも冷たく感じる。


「……よいしょっと」


玄関の高い位置にフックを取り付け、しめ縄を掛ける。

白を基調とした、立派な飾りだ。

ふと、隣の家を見る。

海波家の玄関には、赤を基調とした対になるしめ縄が、すでに飾られていた。


「……もう飾ったのか」


優愛が飾ったんだろうか。それとも、お父さんだろうか。

隣の家の窓は閉ざされていて、中の様子は分からない。

いつもなら、窓を開けて「溢喜ー!」と呼ぶ声が聞こえてきそうなのに。

たった数メートル。

手を伸ばせば届く距離が、今日はやけに遠く感じられた。


「……何してんだろ、僕」


郵便受けに入っていた新聞を取り出し、家の中に戻る。

それからの時間は、まるで寂しさを紛らわせるように、家事に没頭した。

気づけばお昼を回っていて、昼食は母さんが作った焼きうどんを三人で食べた。


「さて、午後は洗車でもするか。年末だしな」

父さんがお茶を飲みながら呟く。

「僕も手伝うよ」

「お、珍しいな。助かる」


父さんと二人、寒空の下で車を磨く。

バケツの水は氷のように冷たくて、雑巾を絞るたびに指先の感覚がなくなっていく。

けれど、その冷たさがありがたかった。体を動かしている間だけは、余計なことを考えなくて済むから。


「溢喜、そっちのタイヤも頼む」

「へいへい」


ゴシゴシとスポンジを動かしながら、僕はまた、ちらりと隣の家を見た。

海波家の駐車場には、お父さんの車が停まっている。

きっと今頃、家族水入らずで過ごしているんだろう。

そこに僕が割り込む隙間なんてないし、割り込んじゃいけないんだ。


(……分かってるけど)


一日会わないだけで、こんなにも調子が狂うなんて思わなかった。

「おはよう」も「おやすみ」もない一日。

クルーズ旅行に行く前は、それが普通だったはずなのに。

人間、一度贅沢を知ってしまうと、元に戻るのは難しいらしい。


「よし、ピカピカだ! ありがとな、溢喜」

「うん。……寒いから、早く入ろうぜ」


洗車を終え、家に戻った頃には、もう日が傾きかけていた。

部屋に戻り、スマホを確認する。

通知は、ゼロ。

こちらから送ろうか、何度も迷った。

『掃除終わった?』

『今、何してる?』

文字を入力しては、送信ボタンを押せずに消す。


「……我慢だ、我慢」


もし優愛がお父さんと一緒にいる時に通知が鳴って、「誰からだ?」「あ、溢喜……」なんてことになったら、気まずい空気になるかもしれない。

僕はスマホを机の引き出しにしまい込み、ベッドに大の字に寝転がった。


天井のシミを数える。

隣の部屋から聞こえる物音に耳を澄ます。

何もしない時間が、こんなにも長く感じるなんて。


「……会いたいな」


ぽつりと漏れた本音が、静かな部屋に吸い込まれていった。

明日は大晦日。

さすがに明日の夜くらいは、少しだけでも顔を見られたらいいな。

そんなことを願いながら、僕は目を閉じた。

その時。


ピコン。


引き出しの中から、微かな通知音が聞こえた。

僕は弾かれたように起き上がり、引き出しを開けた。

画面に表示されていたのは、待ちわびていた名前。


『お疲れ様。今日は大掃除でバタバタしてて、連絡できなくてごめんね』

『今、ちょっとだけ、ベランダ出れる?』


心臓が、早鐘を打った。

僕は「うん!」とだけ返信すると、カーテンを開けて窓の鍵を外した。

冷たい夜風と共に、僕の「空白の一日」が、ようやく色を取り戻そうとしていた。

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