第百六十七話 親友の指摘、ふとした不安
風呂上がり。
自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がってスマホをいじる。
優愛が帰ってからまだ一時間も経っていないのに、部屋の中がやけに静かに感じられた。
さっきまでの賑やかな夕食の余韻が、まだ胸の奥に残っている。
『よう。生きてるか?』
タイミングよく、スマホの通知が鳴った。希望からだ。
僕は苦笑いしながら通話ボタンを押した。
「もしもし。生きてるよ。なんだよ急に」
『いや、今日はお前ら「買い出しデート」って聞いてたからさ。無事に帰還したかなと思って』
電話の向こうから、希望の茶化すような声が聞こえてくる。
こいつはいつもそうだ。僕と優愛のことを一番面白がって、そして一番気にかけてくれている。
「無事だよ。商店街で福引き当てたり、しめ縄買ったり……結構大変だったけどな」
『へえ。で、その後は?』
「そのままうちに来て、晩飯食って帰った」
僕が何気なくそう答えると、電話の向こうで一瞬、沈黙が流れた。
そして、呆れたような、心配するような声が響く。
『……お前らさ、マジで一緒にいすぎじゃね?』
「え?」
『だってよ、クルーズ旅行で一週間べったりだったんだろ? 帰ってきてからも毎日会って、今日は朝から晩まで一緒で、家族ぐるみで飯まで食って』
希望の言葉に、僕はハッとした。
言われてみればそうだ。
この冬休みに入ってから、優愛と顔を合わせていない時間の方が圧倒的に短い。
あまりにも自然すぎて、疑問にすら思っていなかったけれど。
『それに、優愛ちゃんの両親は大丈夫なのか?』
「え? 両親?」
『だってお前、ただでさえ年末だぞ? しかも、優愛ちゃんのお父さんって結構厳格な人なんだろ? 娘が冬休みになった途端、ずっと隣の家に張り付いてたら、面白くないんじゃねえの?』
ドクリ、と心臓が嫌な音を立てた。
優愛のお父さん。
以前、挨拶に(召喚されて)行った時の、あの静かな威圧感を思い出す。
娘を溺愛しているお父さんが、年末の家族団らんの時間に娘がいないことをどう思っているか。
僕は、自分の楽しさにかまけて、そこまで考えが及んでいなかった。
「……怒られるかな」
『怒るっていうか、寂しがってるかもな。「おいおい、また溢喜くんのところか」って。お前、優愛ちゃんの優しさに甘えて、彼女の家の事情とか、考えなさすぎなんじゃねえの』
痛いところを突かれた。
「明日も、明後日も、ずっと一緒だね」と言ってくれた優愛の笑顔。
あれは本心だと信じている。
けれど、僕が「一緒にいるのが当たり前」という顔をして、彼女が家族と過ごすべき時間まで奪っているとしたら?
彼女は優しいから、僕のために無理をして時間を空けてくれているのかもしれない。
「……そうかも、な」
急に不安になって、声が沈む。
すると、希望が「あー、悪ぃ悪ぃ」と少しトーンを戻した。
『まあ、脅すわけじゃないけどさ。ずっと仲良くやっていくためにも、たまには「家族サービスの時間」を作ってやるのも、彼氏の余裕ってやつじゃねえ?』
彼氏の余裕。
今の僕に一番足りないものかもしれない。
『じゃあな。スキー旅行、楽しみにしてるぜ』
通話が切れる。
スマホを枕元に置き、僕は天井を見上げた。
「……一緒にいすぎ、か」
明日は三十日。
優愛の家も、きっとお正月の準備で忙しいはずだ。
ずっと一緒にいたいと思うのは僕のエゴで、彼女には彼女の家族との生活がある。
「明日は……少し、控えるか」
胸の奥に小さなもやもやを抱えたまま、僕は電気を消した。
窓の外、隣の家を見上げる。優愛の部屋の明かりは、まだついていた。
その光が、いつもより少しだけ遠くに感じられた。




