第百六十一話 回るガラガラと、白い玉の現実
「ガラガラガラ……カラン、カラン! おめでとうございますー! カランカラン!」
商店街の中央広場には、景気のいい鐘の音と、人々の歓声が響き渡っていた。
特設テントの前には長蛇の列。
その最後尾に、みかん箱を抱えた僕と、大事そうに補助券を握りしめた優愛が並ぶ。
「すごい熱気だね、溢喜」
「ああ。みんな、ハワイ旅行狙いなんだろうな」
テントの横に掲示された当選リストには、魅力的な文字が並んでいる。
特賞:ハワイ旅行 ペア三泊五日
一等:高級和牛セット 一キロ
二等:有名メーカー 最新ゲーム機
三等:商店街共通商品券 五千円分
四等:生活雑貨セット
参加賞:ポケットティッシュ
「ねえ、溢喜。もし特賞が当たったらどうする?」
優愛がワクワクした顔で聞いてくる。
「ハワイか……。こないだ南国から帰ってきたばかりだけど、優愛となら何度でも行きたいな」
「ふふ、私も! 水着、新しいの買わなきゃだね」
「一等の和牛ですき焼きってのも捨てがたいぞ」
「あ、それもいい! スキー旅行の前の決起集会ですき焼き!」
捕らぬ狸の皮算用とはこのことだが、列に並んでいる間のこの妄想トークこそが、福引きの醍醐味とも言える。
列は少しずつ進み、ついに僕たちの番が回ってきた。
「はい、いらっしゃい! 補助券十枚で二回だね!」
法被を着た商店街のおじさんが、元気よく迎えてくれる。
「じゃあ、まずは僕から行くよ」
僕はみかん箱を足元に置き、気合を入れてガラポンのハンドルを握った。
狙うは特賞の金色の玉、もしくは一等の銀色の玉。
優愛の期待の眼差しを背中に感じながら、僕は勢いよく回した。
ガラ、ガラ、ガラ……コトン。
受け皿に転がり落ちたのは、混じりけのない、純白の玉だった。
「はい、白玉! 参加賞のポケットティッシュねー!」
「……現実は厳しいな」
おじさんから渡されたのは、何の変哲もないポケットティッシュ一つ。
ハワイへの夢は、一瞬にして鼻をかむ紙へと変わった。
「あはは、溢喜らしいね」
優愛が横でケラケラと笑っている。
「くそっ……。頼んだぞ、優愛。僕の敵を取ってくれ」
「任せて! 私の愛の力で、特賞を引き寄せてみせるから!」
優愛は袖をまくり、気合十分にハンドルの前に立った。
両手を合わせて「お願いします」と小さく祈り、ゆっくりと、しかし力強く回し始める。
ガラ、ガラ、ガラ、ガラ……。
玉が落ちるまでの数秒間が、永遠のように長く感じられた。
そして。
コロン。
落ちてきたのは、白ではない。
かといって、金でも銀でもなかった。
鮮やかな、赤色の玉だ。
「おっ! 赤玉! おめでとうお嬢ちゃん、三等賞だ!」
カラン、カラン、カラン!
おじさんが威勢よく鐘を鳴らす。
「やったぁ! 当たったよ、溢喜!」
「すごい! 三等って商品券だろ?」
「はい、どうぞ。商店街で使える商品券、五千円分ね!」
優愛は封筒に入った商品券を受け取ると、満面の笑みで僕に向かってVサインを作った。
「見た? これが愛の力だよ」
「参りました。さすが、持ってる女は違うな」
「えへへ。これで何か美味しいものでも買って帰ろっか?」
「賛成。……あ、でもその前に」
僕は足元のみかん箱を持ち上げ、苦笑いした。
「この重りをなんとかしないとな」
「あはは、そうだね。頑張れ、私のヒーロー!」
特賞のハワイ旅行には届かなかったけれど、僕たちの手には五千円分の幸運と、一パックのティッシュ、そして何よりの「楽しい思い出」が残った。
冬の空の下、僕たちは戦利品を抱えて、軽やかな足取りで広場を後にした。




