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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
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第百六十話 湯気の向こうの天ぷら蕎麦と、最後の一枚

「いらっしゃいませー! 二名様ですか? 奥の座敷どうぞー!」


暖簾をくぐると、店内は出汁の香りと、お昼時ならではの活気で満ちていた。

年末ということもあり、店内はほぼ満席。僕たちは運良く空いたばかりの小上がりの席に通された。


僕は抱えていたみかん箱を邪魔にならない隅に置き、ようやく一息ついた。

暖房の効いた店内に入ると、寒さで強張っていた体がほぐれていくのがわかる。


「ふぅ……あったかいね」


優愛がマフラーを外し、少し赤くなった鼻先を指でこする。

メニュー表を開くと、温かいうどんや蕎麦の写真がずらりと並べられていた。


「私は……天ぷら蕎麦にしよっかな。海老天が食べたい気分」


「じゃあ、僕は鴨南蛮で。大盛りで」


「溢喜、大盛り? さっきみかん食べたのに?」


「肉体労働(みかん運び)したからな。エネルギー補給が必要なんだよ」


注文を済ませ、温かいお茶をすする。

周りを見渡せば、家族連れや年配の夫婦、学生グループなど、様々な人たちが蕎麦をすすっている。

こういう「ザ・日本の年末」という風景の中に、僕たちが二人で混ざっていることが、なんだか少しこそばゆい。


「ねえ、溢喜」


「ん?」


「さっきのお店の人、『ご夫婦』って言ってたけどさ」


優愛がお茶の湯気越しに、上目遣いで僕を見てくる。

まだその話を引っ張るのか。いや、僕だって気にしていないわけではないけれど。

僕は照れ隠しに、わざと現実的なことを口にした。


「……今のままじゃ、夫婦にはなれないだろ」


「え? どうして?」


「どうしてって、名前だよ。青空と海波。別々の苗字のままじゃ、日本では夫婦として認められないからな」


僕がぶっきらぼうに言うと、優愛は「む……」と唇を尖らせた。

僕たちはまだ高校生だし、当然ながら今はまだ「海波家の娘」と「青空家の息子」だ。

いくら仲が良くても、戸籍上の紙切れ一枚がつながっていない以上、夫婦ではない。


「……それは、そうだけど」


優愛は少し不満げに箸を置くが、すぐに何かを思いついたように、ニヤリと口元を緩めた。


「でもさ。それって逆に言えば、『結婚したらどっちかの苗字になる』ってことでしょ?」


「……まあ、そうなるな」


「青空優愛か、海波溢喜か」


優愛が楽しそうに、それぞれの名前を口の中で転がすように呟く。


「ふふ、どっちもなんか語呂が新鮮だね。溢喜はどっちがいい?」


そんな将来の話をサラリとしてしまうあたり、この幼馴染の距離感はバグっているとしか思えない。

でも、その未来――名前を重ねて、本当の家族になる未来を想像しても、嫌じゃない自分がいる。

むしろ、胸の奥が温かくなるのを感じて、僕は熱いお茶で動揺を飲み込んだ。


「お待たせしましたー! 天ぷら蕎麦と鴨南蛮大盛りです!」


ドン、と置かれた丼からは、食欲を刺激する香りが立ち上っている。

優愛の天ぷら蕎麦には、丼からはみ出るほど大きな海老天が二本。

僕の鴨南蛮は、脂の乗った鴨肉と焼きネギがたっぷりと乗っている。


「いただきまーす!」


二人で手を合わせ、蕎麦をすする。

濃いめのつゆが絡んだ蕎麦が、冷えた体に染み渡る。


「ん~! 美味しい! 海老プリプリ!」


「こっちの鴨も最高だぞ。ネギが甘い」


「一口ちょーだい!」


「はいはい。じゃあ海老天と交換な」


結局、ここでもシェアし合いながら、僕たちは熱々の蕎麦を堪能した。

お腹が満たされると同時に、心までポカポカになっていく。


「ごちそうさまでした。……あ、そうだ。お会計」


僕は伝票を持ってレジに向かった。

優愛が財布を出そうとするのを制し、ここは僕が払う。

荷物持ちのお駄賃代わりだと言えば、彼女も素直に引いてくれた。


「はい、お釣りね。……あ、お客さん、福引き券集めてる?」


レジのおばちゃんが、僕の手元を見て尋ねてきた。


「あ、はい。今、補助券が四枚あって……」


優愛がポケットから、さっき八百屋さんでもらった四枚を取り出す。

五枚で一回だから、あと一枚足りない。


「あら、そうかい。今回の食事で……はい、補助券五枚ね」


おばちゃんがレシートと共に、ピンク色の補助券を五枚渡してくれた。

これで手持ちは九枚。

一回回せるけれど、あと一枚あれば二回回せる。


「あー、惜しいな。あと一枚あれば、二人で一回ずつ回せたんだけど」


僕が呟くと、おばちゃんはニカっと笑い、レジの引き出しからもう一枚、補助券を取り出した。


「じゃあ、これサービス! 年末だからねぇ。若い二人に福が来ますように!」


「え、いいんですか!?」


「いいのいいの! その代わり、一等賞当てておいでよ!」


「ありがとうございます!」


店を出た僕たちの手には、合計十枚の補助券。

つまり、ガラガラを二回回す権利だ。


「溢喜、すごい! サービスしてもらっちゃった!」


「ああ。まさかの展開だな。これでお互い一回ずつ勝負できる」


「これはもう、当てるしかないね。一等賞!」


優愛が鼻息荒く宣言する。

満腹のお腹と、二回分のチャンス。

僕たちは意気揚々と、福引き会場である商店街の広場へと向かった。

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