第十六話 そばにいるだけで
目を開けると、外が明るくなっていた。
朝になっていたのか。
あれ、僕は昨日、確か家に帰ってきてそのままベッドで寝てしまったんだっけ。
体を起こそうとすると、体がやけに重い。
少しクラクラする。
おでこに手を触れると、熱い。
どうやら胸のドキドキじゃなくて、本当に熱を出してしまったらしい。
体温計で測ると、38.0℃。
高熱だ……。
病院に行きたいけど、今日は両親は二人とも外出している。
なにせ、一緒にデートするとかなんとか……。
それは良いとして、頼れる人が誰もいない。
そうだ、優愛……さすがに無理か。
昨日はいろいろあったし……。
でも、やっぱり誰か頼むしかない。
仕方なくお母さんにメッセージを送る。
「ごめん、38度も熱出ちゃった。ちょっと薬買ってきてくれない?」
送信ボタンを押す。
数分後、家の扉が開く音がする。
「お邪魔します」
それは、僕の家族の声ではなかった。
思わず立ち上がり、玄関まで行くと……そこに立っていたのは優愛だった。
ビニール袋を手に、薬以外にも何か買ってきてくれたらしい。
「あれ、優愛……どうしてここに?」
思わず聞くと、優愛は少しムッとして言った。
「そんなこといいから、さっさと部屋で寝なさい。熱あるんでしょ?」
いつもの優愛だ。少し安心する。
でも、なんで優愛が来たんだ。
もしかして、メッセージ間違えて優愛に送ったのか?!
「さっきあなたのお母さんから連絡来てたの。溢喜が熱を出したって。だから、看病してほしいって」
良かった。
メッセージを送り間違えてはいなかったようだ。
……いや、良くない。
ひとつ屋根の下、同級生、しかも男女が……。わざとやったな、母さんめ…。
「とにかく、早く自分の部屋に戻りなさい!」
優愛が少し冷たく言う。
「はい…」
僕がそう言って自分の部屋に戻ろうとすると、また優愛が言った。
「そう言えば、なんか食べたいものある?」
優愛の優しい声が耳に響く。
「えっと……お…おかゆ…で……」
弱々しく答える僕に、優愛はくすっと笑った。
「じゃあ、味付けは梅干しね」
「えっ……や…やめてくれ。僕、梅干し嫌い…」
「酸っぱいの、好きなんでしょ?」
優愛はいたずらっぽく笑う。
「しょうがないわね、味付けは塩にしてあげる」
そう言うと、優愛はくすっと笑いながら楽しそうに部屋を出ていった。
ベッドに横になりながら、僕は天井をぼんやり見つめていた。
熱でふらふらしているのに、優愛がそばにいてくれるだけで、なんだか心が落ち着く。
小さな笑い声や、いたずらっぽい口調が頭の中で反芻され、胸の奥がじんわり温かくなる。
“本当に、いい幼馴染を持ったな……”
思わず心の中で呟く。
優愛が笑ってくれるだけで、今日一日の疲れも不思議と和らぐ。
ふと目を閉じると、楽しそうに部屋を出ていった優愛の気配が、そばに残っているような気がして、安心と幸せに包まれた。




