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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
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第百五十八話 喧騒の波と、お揃いのしめ縄

アーチをくぐった瞬間、僕たちは熱気と音の洪水に飲み込まれた。


「いらっしゃい、いらっしゃい! 今ならカマボコが三つで千円だよ!」


「お兄ちゃん、みかんどうだい! 甘いよー!」


「歳末大感謝祭! 全品二割引き!」


右も左も人、人、人。

どこから湧いてきたのかと思うほどの群衆が、狭い通りを埋め尽くしている。

冷たい風が吹いているはずなのに、ここだけ温度が二、三度高いんじゃないかと錯覚するほどの熱気だ。


「はぐれないでね、溢喜!」


「了解。……これ、すごいな」


僕たちは繋いだ手を離さないように注意しながら、人波をかき分けて進んだ。

目的のお店は、商店街の中ほどにある古くからの生花店だ。

店頭には、色とりどりの正月飾りや松の枝がずらりと並べられている。


「あ、あった! ここだよ」


優愛が足を止め、店先を指差した。

そこには、大小様々なしめ縄飾りが山のように積まれていた。

扇がついたもの、水引が豪華なもの、小さな干支の人形がついた可愛らしいもの。


「お母さんに頼まれたのは、玄関用の大きいやつと、勝手口用の小さいやつ……どれがいいかな?」


優愛は真剣な眼差しで、しめ縄の山を物色し始めた。

その横顔は、セールの服を選ぶ女子高生というよりは、完全に「家計を預かる若奥様」のそれだ。


「どれも同じに見えるけど……」


「全然違うよ! ほら、この稲穂の垂れ方とか、(だいだい)の色艶とか。一年間、家の入り口を守ってもらうんだから、いい顔をしたのを選ばないと」


「……顔、あるのか?」


「あるの! ……うん、これがいいかな」


優愛は迷うことなく、立派な扇がついた一つを手に取った。

そして、今度は別の山から少し小さめの飾りを選び出す。


「で、こっちは溢喜の家の分ね」


「え? 僕の家のも選んでくれるの?」


「当たり前でしょ。おじさんとおばさん、忙しくて買いに行く時間ないかもしれないし。……それに、どうせならお揃いのがいいかなって」


優愛が少し照れくさそうに、僕の家の分のしめ縄を見せてくる。

それは、彼女が自分の家用に選んだものと、デザインが対になっているものだった。

優愛の家のが「赤」を基調としているなら、僕の家のは「白」が基調。


「……紅白か」


「うん。おめでたいでしょ? 二つの家が並んでこれ飾ってたら、なんかいいことありそうだし」


「確かに。縁起が良さそうだ」


「決まりだね! すいませーん、これください!」


優愛が元気よく店員のおじさんを呼ぶ。

ねじり鉢巻をしたおじさんは、僕たちが手に持っている紅白の飾りを見て、ニカっと白い歯を見せた。


「へい、毎度! お、兄ちゃんたち、センスいいねぇ! その紅白の組み合わせは、夫婦円満、家内安全の特注品だよ!」


「えっ……ふ、夫婦!?」


突然投げかけられた言葉に、僕と優愛の声が重なった。

店員さんは気にした様子もなく、袋詰めをしながら続ける。


「お正月を二人で迎えるんだろ? 若いのに感心だねぇ。末永くお幸せにってことで、端数はまけとくよ!」


「あ、いえ、その……あ、ありがとうございます!」


優愛は顔を耳まで真っ赤にしながらも、否定するタイミングを失ったのか、ぺこりと頭を下げて会計を済ませた。

僕も釣られて曖昧に会釈をする。

「夫婦円満」。

その四文字熟語が、頭の中でぐるぐると回っていた。


「ほら、溢喜。持って」


「は、はい。……っと、意外と嵩張るな」


大きなビニール袋に入れられた二つのしめ縄。

それを受け取り、僕は優愛と並んで店を後にした。

少し離れたところまで歩いてから、ようやく優愛が口を開いた。


「……ふ、夫婦だって」


「……ああ。まいったな」


「溢喜と私が、夫婦に見えたのかな」


優愛が上目遣いで僕を見てくる。

その瞳は揺れていて、恥ずかしさと、ほんの少しの嬉しさが混じっているように見えた。


「買い物袋ぶら下げて、二人で家財道具を選んでたからな。そう見えたとしても、不思議じゃないかも」


「……そっか。……なんか、悪くない響きだね」


「……そうだな」


人混みの中で、一瞬だけ二人の視線が絡み合う。

周りの喧騒が遠のき、二人だけの世界になる。

「お嫁さん」とからかわれるのとは違う、赤の他人に認定された「夫婦」という響き。

それが妙に現実味を帯びていて、僕たちの胸を甘く締め付けた。


「……次はみかんだっけ?」


「う、うん! 甘ーいやつ、見極めに行くよ!」


優愛は照れ隠しのように僕の腕を引き、再び人混みの中へと飛び込んでいった。

その背中は頼もしく、そして最高に可愛らしかった。

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