第百五十二話 台所の攻防戦、母の鋭いツッコミ
玄関での荷物搬入という肉体労働を終え、僕たちは戦場をキッチンへと移した。
父さんが買ってきた大量の食材は、冷蔵庫の許容量をギリギリ攻めている。
「ほら溢喜、その発泡スチロールはベランダに出して!」
「優愛ちゃん、ごめんね、このネギ洗ってもらっていい?」
「あ、お父さんはビール冷やしといて!」
母さんの的確な指示が飛び交い、静かだった我が家は一気に年末の活気を取り戻していた。
僕は言われた通りに空き箱を片付け、再びキッチンへと戻る。
そこには、並んで洗い物をする母さんと優愛の姿があった。二人ともエプロンをつけて、楽しそうに談笑している。その背中は、まるで本当の親子のようでもあり、あるいは。
「あら、溢喜。ボサッとしてないで、カニの下処理手伝ってちょうだい」
「へいへい。……ていうか、優愛、完全に我が家に馴染んでるな」
「えへへ、そうかな? おばさんのお手伝い、楽しいよ」
優愛が泡のついた手でVサインを作って見せる。その笑顔に癒やされつつ、僕はシンクの横でカニのパックを開封し始めた。
すると、母さんが不意にニヤリと笑みを浮かべて僕の方を見た。
「そういえば優愛ちゃん。今日は朝からずっと溢喜と一緒だったんでしょ? 親もいない家で」
「あ、はい。お昼ご飯も一緒に作って、宿題もやってました」
「あらあら、まあまあ。若いっていいわねぇ。誰もいない家で、二人きり……ふふっ」
母さんの意味深な笑いに、僕の手が滑ってカニの脚を一本落としそうになる。
「母さん、変な想像しないでよ。ちゃんと真面目に勉強してたんだから」
「誰も変なことなんて言ってないじゃない。ねえ、あなた?」
「ん? おう、溢喜も優愛ちゃんも、仲が良いのはいいことだぞ。ガハハ!」
リビングで早々にビールを開けている父さんが、豪快に笑う。この親たちは、本当に。
「でも、本当にお母さん、助かってるのよ。優愛ちゃんみたいな子が溢喜のお嫁さんになってくれたら、老後も安泰なんだけどねぇ」
「よ、嫁だなんて……まだ気が早いですけど……でも、そうなれたら嬉しい、かな」
優愛が顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で呟く。
その破壊力抜群の反応に、母さんは「可愛い~!」と身悶えし、僕は顔から火が出るのを必死に堪えてカニと向き合った。
キッチンに充満する出汁の香りと、少しの恥ずかしさ。
窓の外は真っ暗な冬の夜だけど、この狭い台所だけは、真夏のように熱気が渦巻いている。
夕飯の鍋が煮える前から、僕たちはもう十分温まっていた。
日常の中に溶け込む「特別」な関係。
それを家族公認でからかわれるのも、なんだかんだ言って、悪くない年末の風景だ。




