表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
151/182

第百五十一話 夕暮れの目覚めと、カニの襲来

ふと、鼻先をくすぐる甘い香りで意識が浮上した。

目を開けると、視界いっぱいにオレンジ色の光が満ちている。そして、その光の中に、柔らかく微笑む優愛の顔があった。


「……ん、あ……」

「あ、起きた? おはよう、溢喜」


優愛の声が、鼓膜に優しく響く。

僕は彼女の太ももの感触を後頭部に感じながら、ぼんやりとした頭で状況を整理した。

そうだ。ゲーム対決に負けて、罰ゲームの膝枕で寝てしまっていたんだった。


「……僕、どれくらい寝てた?」

「一時間くらいかな。寝顔、可愛かったよ」

「うわ、最悪だ……」


罰ゲームとはいえ、好きな女の子の膝の上で一時間も熟睡してしまったなんて。

慌てて体を起こそうとすると、優愛が「いいよ、そのままで」と僕の額に手を置いた。


「もう少しこのままでいようよ。外、夕焼けが綺麗だから」


優愛の視線を追って窓を見ると、冬の澄んだ空が鮮やかな茜色に染まっていた。

部屋の中は暖房が効いていて暖かいけれど、窓ガラスの向こうには張り詰めた冷気が漂っているのがわかる。

その対比が、今の僕たちの状況――寒い冬の中にある、小さな温もり――と重なって見えた。


静寂。

言葉は交わさないけれど、優愛の手が僕の髪を梳くリズムだけで、十分すぎるほどの愛情が伝わってくる。

この時間が永遠に続けばいいのに。

本気でそう思った矢先だった。


ピンポーン!


無粋なチャイムの音が、静かな時間を引き裂いた。

続けて、玄関のドアが開く音と、賑やかな声が響き渡る。


「ただいまー! いやー、重かったわ!」

「溢喜! 帰ってるかー! 救援頼む! カニが重い!」


両親の帰還だ。

僕と優愛は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。


「……魔法が解ける時間みたいだね」

「だね。行こうか、溢喜」


優愛が名残惜しそうに、最後に一度だけ僕の頬を撫でてから立ち上がる。

僕たちは「日常」へと戻るために部屋を出て、階段を降りた。

玄関には、両手に発泡スチロールの箱を抱えた父さんと、大きな買い物袋をいくつも提げた母さんの姿があった。


「おかえりなさい、おじさん、おばさん!」

「あら、優愛ちゃん! 来てくれてたのね、助かるわぁ」

「お邪魔してました。荷物、半分持ちます!」


優愛はすぐに駆け寄り、母さんの荷物を受け取る。

その自然な振る舞いは、もはや「息子の彼女」というよりは「できた嫁」そのものだ。


「お、溢喜も起きたか。ほら、この一番でかい箱、冷凍庫に入れてくれ」

「はいはい。……うわ、重っ! これ全部カニ?」

「ああ、奮発したぞ! 今年の年末はカニ鍋だ!」


父さんが豪快に笑う。

冷え切った外から帰ってきた両親の頬は赤く、コートからは冬の匂いがした。

でも、その表情は明るく、家の中は一気に活気づいた。


「優愛ちゃんも、夕飯食べていくでしょ? カニのお裾分けもあるから、お家にも持って帰ってね」

「え、いいんですか? やったぁ!」


母さんの言葉に、優愛がパァッと顔を輝かせる。

その笑顔を見て、僕も自然と口元が緩んだ。


騒がしくて、温かくて、少しだけくすぐったい年末の夜。

冬の寒さが厳しくなるほど、家の中の温もりは増していく気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ