第百五十話 コントローラーの奪い合い、敗者の罰ゲーム
「ごちそうさまでした!」
二人で手を合わせ、空になったお皿を見下ろす。
満腹感と、コタツの温もり。
このまま横になれば、間違いなく極上の昼寝コースへと突入できるだろう。
だが、それではせっかくの「自由時間」が夢の中で終わってしまう。
「ねえ溢喜。寝るのは禁止だよ」
「……心読んだ?」
「顔に書いてあるもん。せっかくおじさんたちがいないんだから、もっと遊ぼうよ」
優愛は皿洗いを手伝ってくれながら(正確には、ジャンケンに負けた僕が洗っているのを横で拭いてくれながら)、楽しそうに提案してきた。
「遊ぶって、何する?」
「んー……あ、久しぶりにあれやりたい! レースゲーム!」
「ああ、昔よくやってたやつか。いいけど、僕に勝てると思ってんの?」
「ふふん、クルーズ船のゲーセンで鍛えた腕前を見せてあげるよ」
後片付けを終えた僕たちは、二階の僕の部屋へと移動した。
テレビの電源を入れ、ゲーム機を起動する。
埃をかぶっていたコントローラーを二つ取り出し、一つを優愛に手渡した。
「コースはランダム、アイテムあり。三回勝負ね」
「望むところだ。負けた方は……どうする?」
「罰ゲームありにしよう。勝った方のお願いを一つ聞くこと」
「OK。後悔するなよ?」
カセットを読み込む懐かしい音と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。
画面の中では、デフォルメされたキャラクターたちがカートに乗り込み、エンジンをふかしている。
スタートの合図と共に、僕たちは同時にアクセルボタンを押し込んだ。
「あ、ちょっと溢喜! 邪魔しないでよ!」
「レースは非情なもんなんだよ!」
一戦目は、僕がバナナの皮で見事に優愛をスピンさせ、そのままゴールイン。
悔しがる優愛の横で、僕は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「次! 次は負けないから!」
しかし、二戦目は優愛が意地を見せた。
ショートカットを完璧に決め、僕に逆転勝利。
これで一勝一敗。勝負の行方は最終戦へともつれ込んだ。
「……負けない」
「こっちこそ」
優愛の目がマジだ。
画面を食い入るように見つめ、コントローラーを握る手に力が入っている。
僕も負けじと集中する。
最終ラップ、二台のカートが並走し、デッドヒートを繰り広げる。
ゴール直前、僕がアイテムを使おうとした、その瞬間だった。
「……えいっ!」
「うわっ!?」
優愛が突然、体を寄せてきて、僕の肩に頭突きをしてきたのだ。
物理攻撃!?
その衝撃で指先が狂い、僕のカートはコースアウト。
その隙に優愛のカートが悠々とゴールラインを通過した。
「やったー! 私の勝ちー!」
「ちょ、今の反則だろ!?」
「何のことー? 画面に集中してない溢喜が悪いのー」
優愛は悪びれもせず、ベッドの上でガッツポーズを決めている。
ずるい。でも、その無邪気な笑顔を見せられたら、怒る気も失せてしまう。
「はあ……わかったよ、僕の負けだ。で、罰ゲームは何?」
「えっとね……」
優愛は人差し指を唇に当てて少し考えると、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
そして、ベッドにぺたんと座り、自分の太ももをポンポンと叩いた。
「じゃあ、罰ゲーム。……ここでお昼寝すること」
「は?」
「膝枕、してあげる。さっき眠そうだったでしょ? 溢喜が寝るまで、私がよしよししてあげる権」
「それ、僕にとって罰ゲームか……?」
「さあね? 恥ずかしがって寝られないなら、罰ゲームになるかもよ?」
優愛は楽しそうに、もう一度太ももを叩いた。
拒否権はないらしい。
僕は観念して、というか内心ドキドキしながら、彼女の膝の上に頭を預けた。
柔らかい感触と、優愛の甘い匂いに包まれる。
「よしよし、お疲れ様。私の可愛いパートナーさん」
優しく髪を撫でる手が、魔法のように僕の意識を溶かしていく。
ゲームには負けたけれど、この敗北なら悪くない。
僕は窓から差し込む午後の日差しを感じながら、心地よい微睡みへと落ちていった。




