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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
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第百四十八話 コタツの方程式、解けない距離感

朝食の後片付けを終えた僕たちは、戦場となるリビングのコタツへと移動した。

テーブルの上には、みかんとお茶……ではなく、数学の教科書と問題集、そしてノートが積み上げられている。

窓の外では北風がピューピューと音を立てているが、コタツの中は天国のように暖かい。

この温度差こそが、最大の敵だ。


「……あー、眠くなってきた」

「まだ鉛筆すら握ってないでしょ! ほら、まずは数Ⅰのこのページから!」


僕が早速コタツの中にずり落ちようとすると、優愛がピシャリと言って僕の背中を叩いた。

彼女はすでに自分の課題を広げ、シャーペンを構えている。

切り替えが早いというか、真面目というか。

光道家の次期トップとしての教育を受けているだけあって、こういう時の優愛は少しだけ「委員長モード」が入る。


「二次関数か……。グラフ書いてるだけで日が暮れそう」

「そんなに難しくないよ。頂点の座標さえわかれば、あとは代入するだけだもん。ほら、ここ見て」


優愛が僕のノートを覗き込んでくる。

その距離、わずか数センチ。

サラサラとした髪が僕の肩にかかり、シャンプーのいい匂いが鼻先を掠める。

さっきまで「寒い」と言っていたのが嘘のように、体がカッと熱くなった。


「……優愛さん、近いんですが」

「え? そう? これくらい普通でしょ」


彼女は何食わぬ顔で、シャーペンの先で僕のノートを指し示している。

恋人になってからというもの、優愛のパーソナルスペースは消滅したらしい。

問題の数式よりも、隣にいる彼女の体温と、時折コタツの中で触れる足の感触の方が気になって、計算など頭に入ってくるはずがない。


「溢喜、ここ間違ってる。符号が逆」

「あ、本当だ」

「もう、どこ見てるの? 集中してない証拠だよ」


優愛が呆れたようにため息をつき、僕の頬をムニっと摘んだ。

柔らかい指先の感触に、心臓がトクトクと跳ねる。


「だ、だって、優愛が近すぎて……」

「ん? 何て言った?」

「……なんでもありません。集中します」


言い訳を飲み込んで、僕は再び問題集に向き直った。

ここで「ドキドキして勉強できない」なんて言ったら、どんなお仕置きが待っているかわからない。

僕は必死に邪念を振り払い、X軸とY軸の交点を探す旅に出た。


カチ、カチ、と時計の音だけが響く静かな時間。

時折、優愛がページをめくる音や、シャーペンを走らせる音が聞こえる。

ふと横を見ると、優愛は真剣な眼差しで英語の長文問題に取り組んでいた。

長いまつ毛が伏せられ、整った横顔が綺麗に見える。

普段の明るい笑顔も好きだけど、何かに集中している時の凛とした表情も、やっぱり素敵だ。


「……じろじろ見ない」

「!?」


視線を外さずに、優愛が口を開いた。

バレていた。


「べ、別に見てないし。休憩してただけだし」

「ふーん? じゃあ、このページ全問正解したら、休憩にしてあげる」

「え、ホントに?」

「うん。その代わり、間違ってたら……デコピン追加ね」


優愛はニヤリと笑い、僕の方を向いた。

その瞳は、楽しそうに輝いている。

これは、完全に僕を遊んでいる時の目だ。


「わかった。やってやるよ。全問正解して、堂々と休憩してやる」

「その意気だよ、溢喜。頑張れー」


優愛の挑発に乗り、僕は再びシャーペンを握りしめた。

単純な男だと自分でも思うけれど、彼女に応援されると不思議とやる気が湧いてくるのだから仕方がない。

コタツの魔力と、隣の美少女の誘惑。

二つの強敵と戦いながら、僕の冬休みの宿題は、牛歩のごとく、しかし確実に進んでいった。

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