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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第八章 冬の寒さと、恋の温かさ
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第百四十七話 ジャパニーズ・ブレックファーストと現実逃避

顔を洗い、歯を磨いてリビングへと戻る。

キッチンからは、トントントンという軽快な包丁の音が聞こえてきた。

その音を聞いているだけで、冷え切っていた体が内側から温まっていくような気がする。


「お待たせー。座って座って」


十分後、リビングのテーブルには、純和風の朝食が並んでいた。

温め直された具だくさんの豚汁からは、食欲をそそる白い湯気が立ち上っている。

その横には、炊きたての白米。

そして、優愛が冷蔵庫のありあわせで作ってくれたらしい、卵焼きとウインナー。


両親が買い出しに行ってしまって静まり返っていた家が、一気に賑やかで温かい空間に変わった気がする。

湯気の向こうで「熱いから気をつけてね」とエプロン姿で笑う優愛。

この光景が見られるなら、両親には悪いけれど、カニの買い出しにもっと時間をかけてもらっても構わない。


「いただきます」


まずは豚汁を一口。

大根、人参、ごぼう、そして豚肉。根菜の甘みが溶け出した汁が、寝起きの体にじんわりと染み渡る。


「……はあ、生き返る……」

「大げさだなぁ。でも、美味しい?」

「うん。世界一美味い」

「ふふ、よかった。うちのお母さん、張り切って大鍋で作っちゃったから、お裾分け」

「ありがたい。……あ、卵焼きはちょっと焦げちゃった?」

「うっ……い、家のフライパンと勝手が違っただけだし!」


少し頬を赤らめて言い訳をする優愛が可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。

焦げた卵焼きも、僕にとってはご馳走だ。


「ねえ、溢喜」

「ん?」


卵焼きを頬張りながら返事をすると、優愛の箸がピタリと止まった。

その視線が、どこか言いにくそうに泳いでいる。


「私たち、昨日あんなに盛り上がってスキーの計画立てたけどさ」

「うん。楽しみだよな」

「……よく考えたら、冬休みの宿題、まだ手つかずじゃない?」


僕の箸も止まる。

豚汁の湯気が、心なしか揺らいで見えた。

クルーズ旅行という非日常に浮かれて、完全に記憶の彼方へと追いやっていた単語。

『シュクダイ』。


「……見なかったことにしようかと思ったのに」

「だよねー。私もそうしたい気持ちは山々なんだけど。でも、スキー行く前に終わらせないと、気持ちよく滑れないよ?」

「うっ……正論」

「旅行から帰ってきたらやろうねって、出発前に言ってた自分を殴りたい」


優愛ががっくりと肩を落とす。

確かに、このまま放置して一月を迎えれば、スキー旅行中も「あ、帰ったら宿題が……」という呪縛に囚われることになる。

両親がいないこの静かな日曜日は、本来なら絶好のチャンスなのだ。

認めたくはないけれど。


「というわけで。今日はご飯食べたら、コタツで宿題デーに決定です」


優愛は気を取り直したように顔を上げ、悪戯っぽくウインナーを僕の口に放り込んだ。

パリッという音と共に、甘酸っぱいケチャップの味が口いっぱいに広がる。


非日常のバカンスは終わり、両親も不在。

ここにあるのは、宿題という現実と、寒さと、ありふれた朝ごはん。

でも、隣には一緒に頭を抱えてくれる「最高のパートナー」がいる。


「……わかったよ。優愛先生のスパルタ指導付き?」

「もちろん。居眠りしたら、デコピンだからね」

「お手柔らかにお願いします……」


平和だ。

窓の外では冬の風が吹いているけれど、コタツと優愛がいれば、きっと最強だ。

僕は豚汁をもう一口啜り、今日一日のスケジュール(主に数学と英語との戦い)を覚悟した。

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