第百四十二話 親友と、旅の報告
夕暮れの公園で、名残惜しそうにベンチから立ち上がった僕らは、今度こそ、いつもの駅へと向かった。
電車を乗り継ぎ、すっかり暗くなった、見慣れた街にたどり着く。
家の近くの角を曲がる。
「……ただいま」
「……うん、ただいま」
僕らは、どちらからともなく、そう言って、笑い合った。
「じゃあ、また明日な」
「うん。明日ね」
そう、明日はもう、学校はない。冬休みだ。
でも、僕らの家は、隣同士。
明日になれば、また、当たり前のように、会える。
その事実が、旅の終わりの寂しさを、温かく、溶かしてくれた。
僕は、彼女の背中が見えなくなるまで、それを見送った。
そして、自分の家のドアを開ける。
「ただいまー」
「おかえりなさい!」
リビングから聞こえてくる、両親の温かい声。
旅が終わったことを、実感した。
旅の片付けを終え、久しぶりに自分の部屋のベッドに倒れ込む。
天井を見上げながら、僕は、この一週間の出来事を、ゆっくりと、反芻する。
その、どうしようもない幸福感に浸っていると、ピコン、とスマホが短く鳴った。
画面に表示されたのは、「希望」の名前だった。
『おかえり。どうだったよ、リア充の旅は』
その、いつも通りの、からかいのメッセージに、僕は、思わず吹き出してしまった。
僕は、『今、電話、できるか?』とだけ、返信した。
ワンコールも鳴り終わらないうちに、電話が繋がる。
『おう、どうした?』
「いや、別に……。ただ、なんか、声、聞きたくなって」
『うわ、きっしょ!』
電話の向こうで、希望が、大げさに、そう言って笑う。
僕は、ベッドの上で寝転がったまま、この一週間の出来事を、希望に、洗いざらい、話して聞かせた。
僕が、プールで無様に落ちた話では、腹を抱えて笑い転げ。
僕が、プレゼント選びに悩んだ話では、「へえ、お前も、やるじゃん」と、少しだけ、感心したように相槌を打ち。
そして、クリスマスイブの夜の話をすると……。
『……そっか。よかったな、本当に』
希望は、それ以上、何も言わなかった。
でも、その、少しだけ、照れたような、でも、心の底から、僕のことを祝福してくれている、その声色だけで、十分だった。
「……ああ。色々、ありがとな。希望がいなかったら、俺、まだ、何も始まってなかったかもしれない」
「よせやい、照れるだろ」
そんな、不器-用な、男同士の会話。
『……で?』
不意に、希望が、思い出したように、言った。
『お土産は? 俺と、美褒の』
「……ああ、それな。明日、渡しに行くよ」
『マジで!? やったぜ!』
子供みたいにはしゃぐ、親友の声。
そうだ。
旅は、終わった。
でも、僕の、僕らの、日常は、ちゃんと、ここで、待っていてくれたんだ。
この、どうしようもなく、賑やかで、温かい、日常が。
「じゃあ、また明日な」
『おう。……あ、そうだ、溢喜』
「ん?」
『……おかえり』
その、あまりにも不意打ちで、あまりにも優しい、親友の言葉に。
僕は、もう、何も言えなかった。
ただ、胸の奥が、じわりと、熱くなるのを感じていた。
僕の、忘れられない一週間の旅は、こうして、本当に、終わりを告げた。




