第百三十九話 終わりの始まり
「……私の、勝ち、だね」
僕の耳元で、そう言って、楽しそうに笑う優愛。
僕はもう、何も言い返すことができなかった。
僕らの、忘れられない一週間の旅。その最終日の朝は、僕の、完膚なきまでの、甘い、甘い、敗北で、幕を開けた。
朝食のレストラン。
僕らは、どちらからともなく、昨夜の出来事を思い出して、少しだけ、はにかんでしまう。
僕が、少しだけ拗ねた顔で優愛を見ると、彼女は「ごめんって」と、楽しそうに笑うだけだった。
「……今日で、終わりだね」
パンをかじりながら、僕が、ぽつりと呟いた。
「……うん」
優愛の声も、少しだけ、寂しそうだ。
その日の午前中、僕らの船は、ゆっくりと、僕らが住む街の港へと、進路を取っていた。
僕と優愛は、二人で、部屋の荷造りを始めた。
一週間分の、思い出が詰まった荷物。
来た時よりも、なんだか、ずっと重くなっているような気がした。
「……あ」
優愛が、小さな声を上げた。
見ると、彼女は、僕がプレゼントした、星の砂のネックレスを、大事そうに、胸元で握りしめている。
僕も、ポケットの中から、彼女にもらった、星空のパスケースを取り出した。
「……帰っても、ちゃんと、毎日使うからな」
僕がそう言うと、優愛は「うん」と、嬉そうに頷いた。
「私も。……一生、大切にする」
その言葉が、僕の心に、温かく、染み渡っていく。
僕らは、荷造りの手を止め、どちらからともなく、船室の丸窓の前に立った。
窓の向こうには、見慣れた景色が、少しずつ、大きくなってくる。
僕らの、帰るべき場所。
「……着いちゃうね」
「ああ」
優愛が、そっと、僕の手に、自分の手を重ねてきた。
僕は、その手を、優しく、握り返す。
「……帰りたくないな」
優愛が、子供みたいに、ぽつりと、呟いた。
その、あまりにも素直な言葉に、僕の胸が、きゅっと、締め付けられる。
「……僕もだよ」
でも、分かっている。
この旅は、いつか、終わる。
でも、僕らの物語は、終わりじゃない。
僕は、繋いだ手に、少しだけ、力を込めた。
そして、窓の外の景色から、隣に立つ、大切な彼女の横顔へと、視線を移した。
僕らの、忘れられない一週間の旅が、もうすぐ、終わろうとしていた。
でも、僕の心の中には、不思議と、寂しさだけではなかった。
この旅で得た、たくさんの宝物と、確かな絆。
それを胸に、また新しい毎日が始まるのだという、温かい期待感が、確かに、そこにはあった。
時計の針は、もうすぐ、昼を指そうとしていた。




