第百三十六話 世界で一番、甘いおやすみ
「オーロラ、とか見てみたいな!」
十年後の、僕らの未来。
それを語る優愛の瞳は、窓の外の星空よりも、ずっと、キラキラと輝いていた。
その、あまりにも眩しい笑顔に、僕は、もう、どうしようもなくなって、彼女の肩を、そっと、引き寄せた。
「……溢喜?」
「……そろそろ、戻ろっか。部屋」
僕の、少しだけ掠れた声。
その声に含まれた熱に、彼女も気づいたのかもしれない。
優愛は、何も言わずに、でも、顔を真っ赤にしながら、こくりと、小さく頷いた。
僕らは、手を繋いで、静まり返った、夜の廊下を歩く。
ラウンジから流れていた、楽しそうなクリスマスソングも、もう聞こえない。
聞こえるのは、僕らの、少しだけ速くなった、心臓の音だけ。
カチャリ、とカードキーでドアを開け、部屋に入る。
昼間とは比べ物にならないくらい、甘くて、濃密な空気が、僕らの間を流れていた。
「……シャワー、浴びてくる」
「……うん」
先にバスルームに向かった彼女を待つ、数分間が、永遠のように長く感じられる。
やがて、少しだけ頬を上気させた、バスローブ姿の彼女が出てくる。
その、あまりにも無防備で、あまりにも美しい姿に、僕の心臓が、また、大きく跳ねた。
僕も、シャワーを浴びて、部屋に戻る。
優愛は、ベッドの端にちょこんと腰掛けて、僕を待っていた。
その手は、膝の上で、ぎゅっと、握りしめられている。
僕が、彼女の隣に、そっと腰を下ろすと、その肩が、びくりと小さく震えた。
「……優愛」
「……うん」
僕は、彼女の、震える手を、そっと、両手で包み込んだ。
冷たい。でも、すぐに、僕の熱が伝わっていく。
「……怖がらせてたら、ごめん」
「……ううん。怖くない」
か細い、でも、確かな声。
彼女は、ゆっくりと顔を上げて、僕の目を、真っ直ぐに見つめてきた。
その瞳は、少しだけ潤んでいて、でも、その奥には、強い決意の光が、宿っていた。
「……私も、同じ気持ちだから」
その言葉が、僕の、最後の理性の糸を、ぷつりと、断ち切った。
もう、言葉はいらない。
僕らは、どちらからともなく、ゆっくりと、顔を近づけていく。
そして、僕らの唇は、自然と、重なり合った。
一度、二度、三度……。
最初は、触れるだけだったキスが、次第に、深くなっていく。
彼女の、柔らかな唇の感触。甘い吐息。
その全てが、僕の思考を、溶かしていく。
僕は、そっと、彼女の体を、ベッドの上へと、優しく、導いた。
見下ろした彼女の顔は、蕩けるように、熱っぽくて。
僕の知らない、初めて見る、大人の女の人の顔をしていた。
「……好きだ、優愛」
「……うん。私も、好き」
僕らの、忘れられないクリスマスの夜。
その、本当に、本当に、最後の時間は。
世界で一番、甘くて、そして、少しだけ、切ないくらいに、愛おしい、二人だけの秘密の時間として、静かに、深く、更けていった。




