第百三十五話 君と僕の、未来予想図
「当たり前でしょ」
最高の笑顔で、そう言ってくれた、優愛。
その言葉の温かい余韻に包まれたまま、僕らは、レストランを後にした。
部屋に戻るには、まだ、少しだけ早い。
僕らは、どちらからともなく、船の最上階にある、静かな展望ラウンジへと、足を向けた。
大きな窓の向こうには、宝石を散りばめたような、満点の星空が広がっている。
僕らは、窓際のソファに並んで腰を下ろし、温かいココアを飲みながら、その美しい光景を、黙って眺めていた。
「……なんか、不思議な感じ」
優愛が、ぽつりと、ガラス窓に映る僕らの姿を見ながら、呟いた。
「何が?」
「ううん。……数ヶ月前まで、こんな未来が来るなんて、全然、想像もしてなかったなって」
彼女は、自分の胸元で輝く、星の砂のネックレスに、そっと触れた。
「光道家のこととか、跡継ぎのこととか……。正直、どうしていいか分からなくて、すごく、怖かった。でも……」
彼女は、僕の顔を見て、柔らかく、微笑んだ。
「今は、もう、怖くない。溢喜が、隣にいてくれるから」
その、あまりにもストレートで、あまりにも温かい言葉。
僕の心は、どうしようもないくらいの幸福感で、満たされた。
僕は、そっと、彼女の手に、自分の手を重ねた。
「……僕も、同じだよ」
「え?」
「僕も、想像してなかった。僕が、こんな風に、優愛の隣で、優愛の手を握ってる、未来なんて」
僕の言葉に、彼女の頬が、ふわりと、朱に染まる。
「……じゃあさ」
僕が、少しだけ、悪戯っぽく、続けた。
「もっと、想像してみないか? これからの、僕らの未来」
「未来……?」
「ああ。……例えば、十年後。僕らは、何してると思う?」
僕の、唐突な問いかけ。
優愛は、一瞬きょとんとした後、すぐに、楽しそうに、目を輝かせた。
「十年後……! えっとね、溢喜は、きっと、光道の会社で、新しい商品の企画とかしてる! 今みたいに、みんながワクワクするような、すごいアイデアを、たくさん出して!」
「ははっ、そうだといいけどな。……じゃあ、優愛は?」
「私は、その隣で、社長として、ハンコを押してる!」
「うわ、委員長、出世したな!」
僕らは、顔を見合わせて、子供みたいに、声を上げて笑い合った。
「でも、休みの日は、ちゃんと、二人で、旅行に行くの。今みたいに」
「いいね。そのときは、どこに行く?」
「んー……。オーロラ、とか見てみたいな!」
「おお、いいな」
十年後の、僕と優愛。
それは、まだ、ぼんやりとした、夢物語かもしれない。
でも、不思議と、僕には、その光景が、はっきりと、目に浮かぶようだった。
僕の隣で、今と少しも変わらずに、最高の笑顔で、笑っている、彼女の姿が。
僕らの、忘れられないクリスマスの夜。
それは、ただ甘いだけじゃない。
二人の未来へと続く、新しい地図を、一緒に描き始めた、忘れられない、始まりの夜になった。




