第百三十一話 幸せの味
僕に髪を乾かしてもらった優愛は、今度は、僕がシャワーを浴びている間に、自分の髪を綺麗に結い上げていた。
僕がバスルームから出ると、彼女は、昨日僕がプレゼントした、星の砂のネックレスがよく見えるように、少しだけ襟ぐりの開いた、白いブラウスに着替えていた。
「……」
その、あまりにも分かりやすくて、あまりにも愛おしい「アピール」に、僕は、もう、何も言えなかった。
ただ、どうしようもなく、胸がいっぱいになる。
「……行こっか。朝ごはん」
「うん!」
僕らは、どちらからともなく、そっと、手を繋いだ。
そして、昨日よりも、ずっと自然に、隣に並んで歩き出す。
船内は、朝からクリスマスソングが流れ、あちこちに飾られたリースやイルミネーションが、特別な日の訪れを告げていた。
レストランに着くと、運良く、海が見える窓際の席が空いていた。
ビュッフェ台には、ローストチキンやブッシュドノエルなど、クリスマスらしい、豪華な料理が並んでいる。
「うわー、美味しそう!」
「本当だ。全部、食べきれないな、これ」
僕らが、それぞれの皿に好きなものを乗せ、席に戻ってきた、その時だった。
「よう、お二人さん。メリークリスマス」
「おはよう、青空くん、海波さん」
声をかけてきたのは、やはり、瀧川先輩と杏奈先輩だった。
僕らの隣のテーブルで、二人はすでに、優雅にコーヒーを飲んでいる。
「せ、先輩! おはようございます!」
「おはようございます!」
僕らは、慌てて挨拶を返した。
「なんだよ、お二人さん。昨日、部屋に戻ってから、よっぽどいい夢でも見たのか? なんか、空気が、昨日よりさらに甘ったるいぞ」
瀧川先輩が、ニヤニヤしながら、僕たちの顔を交互に見る。
その、あまりにも的確な指摘に、僕と優愛は、同時に、顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「まあまあ、譲くん。そんなにからかわないの」
杏奈先輩が、優しくたしなめる。そして、優愛の胸元で輝くネックレスに気づいて、目を細めた。
「……素敵なネックレスだね、海波さん。すごく、似合ってる」
「あ……! ありがとうございます……!」
その、あまりにも優しい助け舟に、優愛は、心の底からほっとしたような顔をしている。
僕も、先輩の気遣いに、心の中で、深く感謝した。
結局、その日の朝食は、また四人で一緒に食べることになった。
先輩カップルは、僕らが知らない、船内のおすすめの場所や、面白いアクティビティについて、楽しそうに教えてくれる。
その、どこまでも自然で、頼りになる雰囲気。
僕は、向かいの席で、杏奈先輩と楽しそうに話している、優愛の横顔を、そっと盗み見た。
彼女が、笑っている。
僕が今まで見た中で、一番、幸せそうに。
その笑顔を見ているだけで、僕の心も、温かいもので、満たされていく。
特別なことは、何もない。
ただ、好きな人と、大切な仲間たちと、美味しい朝ごはんを、一緒に食べているだけ。
でも、その、当たり前の時間が、今は、世界で一番、幸せで、かけがえのない宝物のように、感じられた。
僕らの、忘れられないクリスマスは、最高の形で、その一日を、スタートさせていた。




