第百二十六話 世界に一つだけの、僕らのケーキ
「……ばか! へんたい! 溢喜の、いじわる……!」
顔を真っ赤にして、僕の胸をぽかぽかと叩き続ける優愛。
その、あまりにも可愛すぎる反応に、僕の優越感は、最高潮に達していた。
完全に、僕の勝ちだ。
「はいはい、分かったから。ほら、続き、やらないと、本当に完成しないぞ?」
僕がそう言って、彼女の手をそっと握ると、優愛は、はっとしたように動きを止め、こくりと頷いた。
その耳まで、真っ赤に染まっている。
そこからは、僕らは、お互いを意識しすぎて、まともに会話もできなかった。
ただ黙々と、イチゴを並べたり、チョコペンで文字を書いたり。
時々、指先が触れ合っては、二人して、びくりと肩を揺らす。
その、ぎこちない空気すら、今は、たまらなく愛おしかった。
「「……できた」」
やがて、僕らの声が、綺麗に重なった。
テーブルの上には、僕らが、力を合わせて作り上げた、世界に一つだけの、クリスマスケーキが、完成していた。
形は、少しだけ歪かもしれない。
でも、僕らの、たくさんの「初めて」が詰まった、かけがえのない宝物だ。
「すごいね、溢喜」
「ああ。すごいな」
僕らは、自分たちの作品を前に、子供みたいに、目を輝かせていた。
午後は、部屋に戻って、二人でゆっくりと過ごすことにした。
僕らが作った、特別なケーキを、二人で切り分けて食べる。
「……美味しいね」
「ああ。世界で一番、うまい」
僕がそう言うと、彼女は「ふふっ」と、最高の笑顔で、頷いた。
ケーキを食べ終え、少しだけ眠くなってきた僕らは、ベッドの上に並んで腰を下ろし、クッションを背もたれにして、何をするでもなく、窓の外の景色を眺めていた。
雨は、いつの間にか上がっている。
雲の切れ間から、午後の、柔らかな日差しが差し込んできていた。
「……なあ、優愛」
「ん?」
「なんかさ、こうしてると、本当に、夫婦みたいだな」
僕の、不意打ちの一言。
優愛は、一瞬きょとんとした後、すぐにその意味を察したようだった。
みるみるうちに、彼女の頬が、夕焼けのように、赤く染まっていく。
「……ばか」
か細い、でも、どうしようもなく嬉しそうな声。
そして、彼女は、僕の肩に、こてん、と、優しく頭を預けてきた。
肩にかかる、愛おしい重み。
シャンプーの甘い香りが、僕の心を、優しく満たしていく。
僕は、そっと、彼女の肩を、抱き寄せた。
「……疲れた?」
「……うん、少しだけ」
「寝てて、いいぞ」
「……やだ。寝たら、この時間が、終わっちゃう」
その、あまりにも健気で、あまりにも可愛い言葉に、僕はもう、何も言えなかった。
ただ、抱きしめる腕に、少しだけ、力を込める。
僕らの心臓の音が、静かな部屋の中で、一つに重なっていくのが、分かった。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
僕らは、どちらも、心の底から、そう願っていた。
僕らの、忘れられないクリスマスイブは、まだ、半分も終わっていなかった。




