第百二十三話 君の寝息と、僕の誓い
優しい雨音に包まれて、僕らの影が、ゆっくりと、一つに重なった。
どれくらいの時間が、経っただろうか。
名残惜しそうに、ゆっくりと唇を離すと、目の前には、顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で、僕をじっと見つめている、優愛がいた。
「……」
「……」
どちらも、何も言えない。
ただ、互いの、少しだけ速くなった呼吸の音だけが、部屋の中に、響いている。
先に沈黙を破ったのは、僕だった。
「……ごめん」
「……なんで、謝るの」
「いや、なんか……その、勢いで……」
僕が、しどろもどろでそう言うと、優愛は、ふわりと、どうしようもなく愛おしそうに、微笑んだ。
そして、僕の胸に、こつん、と、自分の額を預けてきた。
「……嬉しかった、よ」
くぐもった、でも、確かに聞こえたその声に、僕の心臓は、もう、どうしようもないくらいの幸福感で、満たされた。
僕は、そんな彼女の華奢な体を、壊れ物を扱うように、優しく、優しく、抱きしめた。
窓の外の雨音だけが、僕らの、秘密の時間を、祝福してくれているようだった。
その夜。
僕らは、結局、夕食の時間も忘れて、そのままベッドの中で、眠ってしまっていた。
夜中に、ふと目を覚ます。
隣からは、すぅすぅと、優愛の穏やかな寝息が聞こえてくる。
僕の腕の中で、安心しきったように眠る、彼女の寝顔。
月明かりが、その長いまつげの影を、白い頬の上に、そっと落としている。
(……守りたい)
心の底から、そう思った。
この、かけがえのない寝顔を。
この、僕を信じて、全てを預けてくれる、温もりを。
僕が、一生かけて、守っていくんだ。
僕は、彼女を起こさないように、そっと、その額に、唇を寄せた。
おやすみの、キス。
それは、僕が、僕自身に立てた、未来への、固い誓いだった。
翌朝。
旅行五日目の朝は、昨日までの雨が嘘だったかのように、美しい朝焼けに染まっていた。
「……ん」
僕の腕の中で、優愛が、小さく身じろぎをした。
ゆっくりと開かれた、潤んだ瞳。
そして、目の前の僕の顔を見て、はっと、昨夜の出来事を思い出したようだった。
「お、おはよう……」
「おはよう」
みるみるうちに、顔を真っ赤にして、僕の腕の中から抜け出そうとする、彼女。
でも、僕は、それを許さなかった。
「……もう少しだけ、このまま」
僕は、そう言って、彼女を、もう一度、ぎゅっと、抱きしめた。
僕の胸に顔をうずめたまま、彼女は、小さな声で「……うん」とだけ、答えてくれた。
朝日が、部屋の中を、キラキラと照らし出していく。
僕らの、忘れられない四日目の夜は、こうして、世界で一番、甘くて、幸せな朝を迎えた。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
僕は、腕の中の温もりを感じながら、心の底から、そう願っていた。




