第十二話 約束の夜
夕方。
はとこたちとの話し合いが終わったあと、僕と優愛は別荘の裏手にある小道を歩いていた。
舗装されていない、少しだけ草の匂いがする道。
「……ここ、昔からあるんだって」
優愛が言う。
「光道家の人たちが、よく散歩してたらしいよ」
「へえ。なんか、意外」
「でしょ?でも、こういう場所があるって、ちょっと安心するよね」
僕はうなずいた。
優愛の歩幅に合わせて、少しゆっくり歩く。
ふたりの足音だけが、静かに響く。
夕焼けが、少しずつ空を染めていく。
小道を戻ると、そこにいたのは優誓おじいちゃん。
また何かやられる。
頼むから変なことではありませんように。
「お!やっと来たか。今日はもう遅いし、この別荘に泊まっていけ」
バリバリ変なことだった。
いくら親戚とはいえ、こんな豪邸に泊まるなんて...。
それに、親にも連絡しないと...。
「ちゃんと二人の両親には連絡してるぞ!」
まさか、家に帰れないなんて…。
ホームシックで死んでしまいそうだ...。
「もちろん、はとこたちも全員この別荘に泊まるぞ!『お泊まり会だ!やった!』って喜んでくれるし」
おい嘘だろ。
「そうだ。明日は朝早くからだから、あまり夜更かしするなよ」
そう言うと、優誓おじいちゃんは立ち去った。
「うちのおじいちゃんがゴメンね」
そう言って僕に謝る優愛。
「いや全然。むしろ、こっちこそゴメンね。」
僕がそう言うと、優愛は少しだけ首をかしげた。
「なんで謝るの?」
「……なんか、急に君のおじいちゃんの別荘に泊まることになって...っていうか...」
「そんなことないよ。むしろ、溢喜がいてくれて助かってる」
その言葉に、僕の胸が少しだけ熱くなった。
優愛の声は、いつもより少し柔らかかった。
夜。
晩ご飯を食べ、風呂に入り、寝間着に着替えると、別荘の二階にある広すぎる部屋に全員が集められた。
畳敷きの空間に、布団がずらりと並んでいる。
まるで修学旅行の大部屋。
いや、これはもう“合宿”だ。
「ここで全員寝るからな〜!」
優誓おじいちゃんが、どこか誇らしげに言う。
「男女一緒でも問題ない。溢喜は変なことするようなやつじゃない。信頼してるぞ」
……いや、言い方。
「ねえ優愛のおじーちゃーん?もし溢喜に襲われたらどうするの〜?」
美褒が、わざとらしく声を上げる。
周りのはとこたちが、くすくすと笑った。
「おい、みんな!溢喜は“誠実”で“純粋”で“気弱”だ!だから安心して寝ろ!」
おいおいおい。
それ、褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだよ。
はとこたちが笑いながら布団を選び始める。
僕は、部屋の隅の布団に座った。
すると、隣の布団にパジャマ姿の優愛が静かに腰を下ろした。
「……ごめんね。うちのおじいちゃん、ほんとに変だから」
「いや、もう慣れてきたかも」
「でも、“信頼してる”って言ってたね」
「うん。あれ、ちょっとだけ嬉しかった」
優愛は、布団の端を指でなぞりながら言った。
「私も、溢喜のこと信頼してるよ」
「え?」
「だって、今日一日ずっと隣にいてくれたし。変なこと、何も言わなかったし」
「……いや、言いたいことはあったけど、ただ我慢しただけかも」
「それも含めて、信頼してる」
その言葉に、僕は少しだけ照れた。
部屋の中はざわざわしてるのに、僕と優愛の周りだけ、静かだった。
「……ねえ、優愛」
「うん?」
「僕らがお泊まり会したのって、いつぶりだったっけ?」
「懐かしいね~。いつだったかな~?」
こう考えてみると、最近優愛と話せてなかったかもしれない。
「あれじゃない?小学校の頃、溢喜と遊んでて、帰ろうとしたら急に雨が降って、ふたりともびしょ濡れになったとき」
優愛が言った。
「……ああ、あったね。あのあと、優愛の家に泊まったんだよね」
僕が思い出す。
「そうそう。服も乾いてなくて、パジャマ貸してあげたら、サイズ合ってなくて笑った」
「優愛のお母さんが、タオルで僕の頭ぐるぐる巻きにしてたのも覚えてる」
「うん。あれ、ちょっと面白かった」
ふたりで笑い合う。 昔のことなのに、細かい場面まで思い出せるのが不思議だった。
「そろそろ寝よっか」
優愛がそう言って、布団にそっと横になった。
「うん」
僕もそう言って、隣の布団に体を預ける。
天井の木目を見ながら、静かに目を閉じた。
「……あのときさ」
優愛の声が、布団越しに聞こえた。
「溢喜が寝る前に、『また遊ぼうね』って言ってくれたの、覚えてる」
「……言ったっけ?」
「うん。すごく嬉しかったのに、結局そのあと、あんまり遊べなかった」
「ごめん」
「謝らなくていいよ。私も忙しかったし。……でも、今こうしてまた一緒にいるの、ちょっとだけ嬉しい」
「……また遊ぼうね」
僕は、あのときと同じ言葉をそっと口にした。
「うん。今度は、ちゃんと約束、守ってね?」
優愛が優しい声で応える。
その言葉に、僕は小さくうなずいた。
部屋の中はまだざわざわしていたけど、僕と優愛の間には、静かな約束が生まれた。




