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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第七章 恋人たちの航海
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第百十九話 へたくそなヒーロー

ウィィィン……、ガシャン。


無情にも、クレーンは、犬のぬいぐるみの、ほんの数センチ横の、何もない空間を掴んだ。


「……あ」

後ろから、優愛の、小さな、残念そうな声が聞こえる。

くそっ、緊張で、手が震えた。


「ま、まあ、一回目は、こんなもんだろ。次だ、次」

僕は、自分に言い聞かせるようにそう言って、もう一度、コインを投入した。

今度こそ。

ぬいぐるみの、ど真ん中を……!


ウィィィン……、ガシャン。


クレーンは、今度は、ぬいぐるみの頭を、そっと、撫でるようにして、通り過ぎていった。


「……ぷっ」

今度は、はっきりと、優愛が吹き出すのが聞こえた。

「な、なんだよ!」

「ううん、ごめん。……なんか、溢喜、へたくそすぎて、可愛いなって」

「可愛くねえよ!」


顔が、熱い。

恥ずかしさと、悔しさで、もう、どうにかなりそうだった。

でも、引くに引けない。


「……もう一回だ!」

三回目、四回目、五回目……。

僕のポケットの中のコインは、あっという間に、その姿を消していった。

そして、目の前のガラスケースの中の、犬のぬいぐるみは、僕の挑戦をあざ笑うかのように、ぴくりとも、動いていない。


「……もう、いいよ、溢喜」

僕の背後で、優愛が、申し訳なさそうな声で言った。

「そんなに、無理しなくても。気持ちだけで、嬉しいから」


その、あまりにも優しい言葉が、今の僕には、何よりも、突き刺さった。

情けない。

好きな女の子一人のために、ぬいぐるみ一つ、取ってやれないなんて。


僕が、うなだれて、その場を離れようとした、その時だった。


「――貸して」


不意に、優愛が、僕の隣に立った。

そして、僕がもう一枚だけ持っていた、最後のコインを、ひょいと、僕の手から取り上げた。


「え……?」

「私が、やる」


そう言って、彼女は、慣れた手つきで、コインを投入した。

そして、迷うことなく、レバーを操作し始める。

その横顔は、エアホッケーの時と同じ、真剣な、勝負師の顔だ。


ウィィィン……。


クレーンが、僕が狙っていたのとは、全く違う角度から、ぬいぐるみへと近づいていく。

そして、ぬいぐるみの胴体ではなく、その下に敷かれていた、小さなタグを、アームの爪先で、器用に、ひっかけた。


ガタンッ!


嘘だろ。

今までびくともしなかった犬のぬいぐるみが、いとも簡単に、景品の排出口へと、転がり落ちてきた。


「……」

僕も、周りで見ていた他の乗客たちも、一瞬、何が起こったのか分からず、呆然としていた。

やがて、誰からともなく、ぱらぱらと、拍手が起こる。


「……ほら、取れたよ」

優愛は、取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、少しだけ得意げに、でも、はにかみながら、僕に、それを差し出した。


「……お前、なんで……」

「私、昔から、くじ運だけはいいって、言ったでしょ? UFOキャッチャーも、その一種だよ」


そう言って、悪戯っぽく笑う彼女。

僕は、もう、何も言えなかった。

格好つけるはずが、また、彼女に、助けられてしまった。


でも、腕の中に抱いた、犬のぬいぐるみの、その、気の抜けた、優しい顔。

それは、まるで、今の、情けない僕自身のようだった。

僕は、そのぬいぐるみの顔と、隣で笑う優愛の顔を、交互に見比べて、そして、つられて、笑ってしまった。


ヒーローには、なれなかったけど。

まあ、いいか。

君が、こんなにも楽しそうに笑ってくれるなら。

僕は、世界で一番、へたくそなヒーローのままでも、いいのかもしれない。

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