第百十七話 君と食べる、朝食
「……これで、おあいこ、でしょ?」
そう言って、僕の腕の中で、悪戯っぽく笑う優愛。
その、あまりにも可愛すぎる不意打ちに、僕はもう、何も言い返すことができなかった。
僕らの、旅行四日目の朝は、今までで一番、甘くて、どうにかなりそうな、最高の形で幕を開けた。
「……お腹、すいたね」
「……ああ」
しばらくして、どちらからともなくそう言って、僕らはようやく、ベッドから抜け出した。
身支度を整え、レストランへと向かう。
エレベーターの中、隣に立つ優愛の横顔を盗み見る。朝の光を浴びて、その肌が、透き通るように綺麗だった。
レストランは、ビュッフェ形式で、たくさんの美味しそうな料理が並んでいた。
僕らは、それぞれの皿に好きなものを乗せ、海が見える窓際の席に、向かい合って座った。
朝日が、きらきらと、テーブルの上を照らしている。
「……なんか、変な感じ」
優愛が、クロワッサンをかじりながら、ぽつりと言った。
「何が?」
「ううん。こうやって、二人で、当たり前みたいに朝ごはん食べてるのが。……なんか、新婚さん、みたいで」
「ぶっ!?」
僕は、飲んでいたオレンジジュースを、危うく吹き出しそうになった。
「なっ、何言ってんだよ、急に……!」
僕の、あまりにも分かりやすい反応。
それを見た優愛は、「ふふっ」と、楽しそうに、声を殺して笑っている。
完全に、朝の仕返しをされている。
僕が、しどろもどろになっていると、彼女は、自分の皿に乗っていた、綺麗な星形にカットされたフルーツを、フォークで差し出してきた。
「はい、あーん」
「……え」
「今朝、ちゃんと寝たフリを続けてくれた、いい子ないつきへの、ご褒美」
悪戯っぽく、僕の顔を覗き込んでくる、大きな瞳。
その言葉に、僕の思考は、完全にフリーズした。
(……おいおい。そんなの、反則だろ......)
僕が、顔を真っ赤にして固まっていると、優愛は「早くしないと、落っこちちゃうよ?」と、楽しそうに笑っている。
完全に、僕の方が、彼女の手のひらの上で転がされていた。
僕は、意を決して、そのフルーツを、ぱくりと口に含んだ。
「……ん、うまい」
「でしょ?」
満足そうに、花が咲くように笑う、彼女。
その笑顔を見ているだけで、僕の心は、どうしようもないくらいの幸福感で、満たされていった。
特別なことは、何もない。
ただ、君が隣にいて、笑ってくれる。
それだけで、いつもの朝食が、世界で一番、美味しくて、幸せな時間になる。
僕らの、恋人としての日々は、こんなにも、穏やかで、温かい光に、満ち溢れていた。




