第百十五話 真夜中の、秘密のディナー
ぐぅぅぅぅぅ~~~~。
静まり返ったバルコニーに響き渡った、僕の盛大な腹の虫。
それを聞いた優愛は、最初は肩をぷるぷると震わせていたが、やがて、こらえきれなくなったように、声を上げて笑い出した。
「だ、だって……ふふっ、あははは!」
「……笑うなよ。仕方ないだろ、晩ごはん、食べ損ねたんだから」
「ご、ごめん……。でも、なんか、おかしくて……」
涙を浮かべて笑う彼女の、あまりにも楽しそうな笑顔。
それを見ていたら、僕の、少しだけ恥ずかしかった気持ちも、どこかへ吹き飛んでしまった。
「……優愛だって、お腹、すいてるだろ」
「うん、まあ、少しだけ……」
そう言って、彼女は、ちらりと僕の顔を盗み見る。その目は、はっきりと「どうするの?」と語っていた。
メインダイニングは、もうとっくに閉まっている時間だ。
僕は、少しだけ考えて、部屋の中に置いてあった、一冊の分厚いファイルを開いた。
「ルームサービスとか、頼んでみるか?」
「え、でも、高いんじゃ……」
「大丈夫だろ。たぶん、おじいちゃんのツケにできるって。なんせ、これは『褒美』なんだから」
僕が、少しだけ悪戯っぽくそう言うと、優愛は「……そっか」と、納得したように、でも、どこか楽しそうに頷いた。
二人で、部屋のメニューを、頭をくっつけながら覗き込む。
「ピザがいいかな」「パスタも美味しそう!」「あ、デザートに、フルーツ盛り合わせも頼まない?」
子供みたいにはしゃぐ二人。
やがて、部屋のチャイムが鳴り、ワゴンに乗せられた、温かい料理が運ばれてきた。
僕らは、部屋にある、海の見える小さなテーブルと椅子で、二人だけの、秘密のディナーを始めた。
窓の外には、満点の星空が広がっている。
「……なんか、豪華なディナーより、こっちの方が、ずっと美味しいかも」
熱々のピザを頬張りながら、優愛が、ぽつりと言った。
「……ああ。僕も、そう思う」
僕らは、顔を見合わせて、笑い合った。
二人きりの、誰にも邪魔されない、特別な時間。
それは、どんな高級レストランのコース料理よりも、ずっと、僕らの心を満たしてくれた。
お腹がいっぱいになり、幸せな眠気に包まれる。
食べ終わった食器を片付け、ベッドに横になる。
「……おやすみ、優愛」
「……おやすみ、溢喜」
今夜はもう、背中合わせじゃない。
自然と、向かい合うようにして、眠りにつく。
そっと伸ばした僕の手に、彼女の小さな手が、優しく、重なった。
その温もりを感じながら、僕らの、忘れられない三日目の夜は、今度こそ、本当に終わりを告げた。




