表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第七章 恋人たちの航海
111/191

第百十一話 君への嫉妬と、僕の劣等感

体験教室が終わり、気まずい空気のまま、二人で夕暮れのビーチを歩く。

先に沈黙を破ったのは、僕だった。


「……あのさ、優愛」

「……なに」

明らかに、不機嫌な声。


「さっきの……その、怒ってる、のか?」

僕が、おそるおそるそう尋ねると、優愛は、ふいに立ち止まり、僕の方へと向き直った。

でも、すぐに、ぷいっと、そっぽを向いてしまう。


「……別に、怒ってない」

「え……」

「怒ってないけど……でも、なんか……」


優愛は、足元の砂を、つま先でいじりながら、小さな、でも、はっきりとした声で、こう言った。

「……なんか、悔しかった」

「悔しかった?」


「うん。……あの先生、すごいなって。あんな風に、自然に、誰かに何かを教えてあげられて。それに、英語も、ペラペラで……。私、全然、あんな風にはできないから」


拗ねたように、唇を尖らせる、その横顔。

それは、僕が想像していたような、単純な「ヤキモチ」ではなかった。

僕にはできないことを、軽々とやってのける、他の誰か。そして、そんな相手と、僕が楽しそうにしている(ように見えた)ことへの、小さな、小さな劣等感。


その、あまりにも不器用で、あまりにも可愛すぎる感情に、僕はもう、どうしようもないくらいの愛おしさで、胸がいっぱいになった。

だって、それは――


「……僕も、同じだよ」

「え?」


僕の、思わぬ告白に、優愛が、驚いたように、大きく目を見開く。


「僕も、悔しかった。優愛が、僕の知らない言葉で、あの先生と、楽しそうに話してるの見て。すごいなって、尊敬するのと、同時に……。僕だけが、仲間外れみたいで、すごく、惨めだった」


僕の、本当の気持ち。

それを聞いた優愛は、一瞬きょとんとした後、やがて、その瞳に、じわりと、涙を浮かべた。

そして、次の瞬間。

彼女の顔が、ふわりと、どうしようもないくらい、嬉しそうに、綻んだ。


「……そっか。……一緒、だね」


その笑顔を見た瞬間、僕の胸の中の、小さな棘のようなものが、すっと、溶けていくのを感じた。

ヤキモチは、苦しいだけじゃない。

相手も、同じように、僕のことを見て、僕と同じように、悩んでくれていた。

その事実を知った時、こんなにも、温かくて、幸せな気持ちになるんだ。


連絡船に乗り込み、ライトアップされた豪華客船へと戻る。

部屋のバルコニーに出ると、ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地よかった。

眼下には、宝石を散りばめたように輝く、島の夜景が広がっている。


「……綺麗だね」

「ああ」


二人で、手すりに寄りかかり、その美しい光景を、黙って眺めていた。

ふと、隣に立つ優愛の、白い肩が、小さく震えているのに気づいた。

昼間は暖かかったけれど、夜の海上は、少しだけ、肌寒い。


僕は、何も言わずに、自分が羽織っていたカーディガンを、そっと、彼女の肩にかけた。


「あ……」

「風邪、ひくだろ」

「……ありがと」


僕のカーディガンに、すっぽりと包まるようにして、彼女が、僕の腕に、こてん、と、頭を預けてきた。

肩にかかる、愛おしい重み。

シャンプーの甘い香りが、僕の心を、優しく満たしていく。


「……ねえ、溢喜」

「ん?」

「……今日の、お返し」


そう言って、彼女は、僕の顔を、潤んだ瞳で、見上げてきた。

そして、精一杯、背伸びをした。


僕らの唇が、ゆっくりと、重なる。

二度目のキスは、少しだけ、しょっぱい潮風の味がした。

でも、それ以上に、どうしようもなく、甘かった。

僕らの、忘れられない三日目の夜は、こうして、静かに、更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ